ケース8 じんめんそう㉛

 

 部屋の湿度が上がった気がした。

 

 先程までと違い、畳がねばねばと肌に纏わりついてくる。

 

 カビの臭いと同時にヘドロのような異臭が鼻をついた。

 

 通りの木だけじゃなかったんだ……

 この屋敷の中でも沢山の人が首を……

 

 そう思った途端に、屋敷の梁が嫌に気になってくる。

 

 よくよく見れば処々に縄かロープの擦れたような跡があった。

 

 それが屋敷の辿ってきた長い歴史の中でついた今回の事件とは無関係のものなのか、あるいは誰かを吊るした後の残穢なのか……かなめには判断がつかない。

 

 それでもやはり、梁に付着した煤を擦ったようなその痕は、酷く業の深いもののように思えてならなかった。

 

「ふん……たいそう古いものから随分新しいものまであると思ったらそういうことか……それで? 旦那の一族はそれからどうなった? で何を得た?」

 

 卜部が顔色一つ変えずに問いかけると、舞子は静かに首を振って言った。

 

「彼らが得たもの……それは私には想像もつきません……ただ……敢えて申し上げるなら……」

 

 舞子は床の間の辺り出来た畳のシミに目をやってから小さな声で言う。

 

「静寂……」

 

「え……?」

 

 意味を解すことが出来ず、思わずかなめが聞き返す。

 

 櫻木舞子はそんなかなめを見て薄笑みを浮かべると、まるで諭すような口調で言った。

 

「ふふふ……理解できないでしょう? でも、櫻木の人間にとっては人の生死いきしにより重要なことなんですよ?」


 それを聞きながら卜部は虚空を見つめていたが、何かを思いついたようにぼそりと呟いた。


「静寂か……」

 

 卜部は立ち上がって襖に手をかけた。

 

「行くぞかめ。屋敷を見て回るぞ……」

 

「あ、はい……!!」


 かなめが立ち上がるより先に櫻木舞子はサッと立ち上がり、襖に手をかけ卜部を制した。


「お待ち下さい……!!」


「なんだ? 勝手に見回れたら困ることでもあるのか?」


 卜部の刺すような視線にも怯まず、舞子は唇を一文字に結んで睨み返す。


「あります……分家とはいえ、政財界の人間の暗部がこの屋敷にも封じられています……先生だけならまだしも、助手の方にまで見られるわけにはまいりません……」

 

「安心しろ。こいつは外に秘密を漏らしたりしない。心配なら呪で縛ってもかまわん」

 

「え゙!?」

 

 思わず声をあげたかなめを卜部は睨みつける。

 

 それを見た舞子は妖しい笑みを浮かべて言った。

 

「かなめさんも呪をかけれるのは不本意でしょう……少々ここでお待ち下さい。片付けて参りますゆえ」

 

 目を見開い自分を睨みつける卜部に、かなめは手を合わせて頭を下げる。

 

 やがて卜部は小さく舌打ちをしてから「好きにしろ……」と吐き捨てるように言って座布団に腰を降ろした。

 

「失礼いたします」

 

 そう言って舞子は頭を下げると、スルスルと衣擦れを響かせながら襖の外の闇に消えていった。

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