ケース8 じんめんそう㉕


 二人が案内されたのは、以前かなめが通された仏間ではなく客間だった。

 

 何故にあの時は仏間に通されたのかと、かなめは改めて不審に思う。

 

 しかし当然そんなことを言い出せるわけもなく、用意された座布団の上に腰を降ろした。

 

 そんな中、卜部はおもむろにタバコ取り出して火を点ける。

 

 それを櫻木舞子は柔らかな表情を崩さずに言った。


「タバコはお控え頂けますか? 腹痛先生?」


 卜部は盛大に紫煙を吐き出すと、女主人を見据えて口を開く。


「勘違いしてるようだから言っておくが、あんたは俺に依頼してる立場だ。霊障に関しての裁量は当然俺にある。家のしきたりやルールを守ってほしいなら他所に当たれ。それと……」


 卜部は再びタバコを吸い込み、纏うように煙を吐き出してから続きを口にした。


「俺はだ。邪祓師の卜部……腹痛先生などと呼ばれる覚えはない……!!」


 それを聞いた櫻木舞子の表情が僅かに歪むのをかなめは目撃した。


 そこから滲み出るのは、深く、どろりとした、怨嗟。


 しかし舞子は直ぐ様それを皮膚の下に仕舞い込み、にっこりと微笑んで言う。


「左様でございますか。それは失礼いたしました。まだご依頼の内容も話しておりませんのに、もうお仕事に掛かってくださってたとは露知らず……」

 

「白々しい。前に亭主がうちを訪ねたことを知っていて何が依頼の内容だ……!! この屋敷に生えてるジンメンソウとやらを見つければいいんだろう?」


 女は目を見開いたかと思うと、天井を仰いでカラカラと嗤い声を上げた。


「ははは……!! ジンメンソウを見つけるですって? 卜部先生……それだけではです……!!」


「どういう意味だ?」


 眉間に皺を寄せた卜部が訝しげに低い声を出した。



「主人に何を依頼されたか知りませんが、もうそれでは不完全なのです。私がお願い申し上げたいのは……」


 櫻木舞子の顔から表情がスッ……と消え失せた。


 その他全ての感情が抜け落ちたようなその顔には、呪いと恨みと怒りだけがはっきりと残っている。


 どろどろと呪いが染み出し、瘴気を放つ顔とは裏腹に、櫻木舞子は凍てつくような冷め/゛\ざめとした声で呟いた。



「始末して頂きたいの……アレが二度と生えて来ぬよう、根こそぎ、始末して頂きたいのよ……お出来になりますわよね?」

 

 キュッ……と畳みを擦る音が響き、櫻木舞子は座った姿勢のまま卜部に躙り寄った。

 

 断ることは赦さない……

 

 見開かれた切れ長の目がそう語っている。

 

 卜部が黙ったまま奥歯を噛み締めたことにかなめは気が付いて、思わずごくりと唾を呑んだ。

 



「いいだろう……だが条件がある……」

 

 卜部はそう言うとの中から、黒い紐で綴じられた一冊の古い帳簿を取り出した。

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