ケース8 じんめんそう⑳


 身支度を整えると、かなめは卜部を櫻木舞子の屋敷へと案内すべく部屋を出た。

 

 大通りに出てタクシーを捕まえ、記憶を頼りに櫻木家の住所を告げると、意外なことに運転手は「ああ……」と頷く。

 

「その辺りなら、仰ってるのは櫻木家のお屋敷ですね?」

 

「そ、そうですそうです! やっぱり有名なお家なんですか?」

 

 不機嫌そうに腕組みして座る卜部をよそに、かなめは運転手に尋ねた。

 

 運転手は行き交う車の群れの中に、滑らかにタクシーを滑り込ませながら苦笑いを浮かべて言う。

 

「いやいや……仲間内でちょっとした話があるだけで、有名かどうかは存じ上げません」

 

「ほう?」

 

 突然卜部が身を乗り出して言った。

 

 運転手はわずかにルームミラーに目をやったが、卜部と目が合うなり前を向く。

 

 誰も次の言葉を発さない中、卜部は運転手に話の続きを促した。

 

「それで? どんな話だ? 仲間内である話っていうのは……?」

 

 その声には有無を言わせない響きが含まれている。

 

 運転手は落ち着かない様子でチラチラとルームミラーを確認しながら言った。

 


「い、いえね……大した話では無いんですが……昔あの辺りの通りで、人死にがあったんですよ……それを発見したのが、私みたいなタクシードライバーだったらしく、噂が回ってるんですよ……怖い話お好きですか?」



 ぐるりと首を回して運転手は振り向いた。


 にやりと笑った口元に狂気を見て取り、かなめは思わず身を固くする。


 二人が何も答えないのを了承と受け取ったのか、運転手は気味の悪い調子で語り始めた。



 


 ちょうど今時分の季節です。

 

 その日は酷い雨だったらしく、タクシードライバーの男は客を取れずに困っていたそうです。

 

 ここで粘るか、場所を変えるか……

 

 そう思い悩んでいると、無線が鳴りました。

 

 男が無線を取ると、聞き覚えのない声が言いました。


「客から迎えの要請があった。今から指定する住所に迎え」

 

 要件だけ伝えると無線は再び静かになりました。


 会社の事務員は皆顔なじみだったらしく、男は不思議に思ったといいます。

 

 しかし、会社以外から無線が入るわけもない、きっと風邪でもひいて声が掠れていたんだろう。


 何よりこの雨で客もなく困っていたところだ。ちょうどよかったじゃないか。 


 男はそう思って気を取り直し、指定された住所に向かうことにしました。

 

 指定された場所は、そこから程遠くない郊外のようでした。

 

 あまり行ったことのない場所だな……

 

 そう思いながらも男はタクシーを走らせ、客の待つ住所へと向かったのです。

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