ケース8 じんめんそう⑰


 あれから卜部は口を開かなった。

 

 人形をかなめに押し付けテキパキと身支度を整えると一言「行くぞ……」とだけ呟き、こうしてかなめの前をずんずん歩いている。

 

 呪いの市松人形を剥き出しの状態で抱きかかえながら、かなめは卜部の後についていく。

 

 明らかに不審な目で見られている上に、周囲の人に障りはないのだろうかと不安になったが、卜部が何も気にしていない様子なのでおそらく大丈夫なのだろうと考えるのをやめた。

 

 かなめがとにかく無心で卜部の後に従ってると、卜部は地下鉄の改札口へと降りていく。

 

 かなめが切符を買おうとすると卜部はじろりとかなめを睨んで言った。

 

「お前の分は必要ない」

 

「え?」

 

 かなめは思わず聞き返す。

 

「必要ないと言ってる。今から行くのはお前の家だ。定期があるだろ?」

 

 かなめは改札をくぐり抜ける卜部を追いかけて慌てて声をかけた。

 

「い、家に来るんですか!?」

 

「当たり前だ。敵陣に乗り込む前に証拠を押さえておく。奴の生霊だという動かぬ証拠をな……!!」

 

「奴って……相手は女の人ですよ……?」


「俺は男女差別しない主義だ」 


 卜部はぴたりと足を止めて振り返り、自信たっぷりにそう言った。


 それを聞いたかなめは残念そうな表情を浮かべて静かに答える。



「……先生が言うと危険な思想に聞こえますね……」

 


 卜部は不機嫌な顔に戻ると踵を返して歩き出す。

 

「行くぞかめ……!!」

 

「亀じゃありません。か・な・め・で・す……!!」

 


 こうして二人はかなめのマンションに向かって地下鉄に乗り込んだ。

 

 

 

 

 パスワードを入力しエントラスの自動ドアを開けると、二人は並んでエレベーターの前に立つ。

 

 四階から降りてくるエレベーターを待ちながら、かなめはふとエレベーターの嫌な気配のことを思い出した。

 

「そう言えば先生! ついでと言ったらあれなんですけど、このエレベーター嫌な気配がするんです……」

 

「ほう?」

 

 卜部は面白いものでも見つけたかのように目を細めて答えた。

 

 ちょうどその時、リン……と音がしてエレベーターが到着する。

 

 卜部はその話を聞いた後だと言うのに、なんの躊躇いもなく無人のエレベーターに乗り込んでいく。

 

 かなめも急いで後に従うと、ドアが閉まり、エレベーターが上昇を始めた。

 

 かなめが卜部の顔を見上げると、卜部は真っ直ぐに鏡の方を向いている。

 

 やっぱり鏡……

 

 かなめはそう思うと、直ぐ様卜部に尋ねてみた。

 

「やっぱり鏡ですよね……? 何が映ってるんですか……?」

 

 

 卜部はゆっくりと腕を伸ばし、鏡を指差した。

 

 つられるように、かなめの視線も鏡へと向かう。

 


 しかしそこには何もいない。


 

 不気味な市松人形を抱いた不安げな顔の自分と、真剣な顔をした卜部が立っている。それだけ。

 

「先生……?」


 思わず呼びかけると卜部は重たい口を開いて言った。 




「間抜け面した……かめが映ってる……」


 

 かなめはなんとかして殴ってやろうと腕を振り回したが、卜部が長い腕を伸ばしてかなめの頭を鷲掴みにしたので、そのどれもが不発に終わるのだった。

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