ケース8 じんめんそう⑬


「喰うって……どういうことでしょう……?」

 

 かなめが固唾を呑んで答えを待っていると卜部は呪いの市松人形をローテーブルに置いて事も無げに言う。

 

「そのままの意味だ。自分より力の弱い呪物を怨念諸共喰らって自分の糧にする」

 

 黙って頷きながらかなめはふと思いついたことを聞いてみた。

 

「でも、それなら食べてもらったらいいんじゃないですか……? 雅子ちゃんに……」

 

 チラリと目をやった雅子がこちらを睨んでいる気がして、かなめは慌てて視線を逸らした。

 

「馬鹿たれ! ただでさえ祓えないような強力な呪物同士で、蠱毒なんぞしでかしてどうやって最後の生き残りを祓うんつもりだ!?」

 

「あ……確かに……」

 

「現状でも手に余るんだ。これ以上強力になられるなんざ本当はまっぴら御免だが……状況が状況だけに致し方ない……」

 

 卜部は再びソファに腰掛け手を組んで静かに説明を始めた。

 



「こいつを家に置くうえで必ず守らなければならないルールが三つある……」


「三つのルール……」 


 かなめはごくりと唾を呑んで姿勢を正した。



 

「一つ、雅子ちゃんに背中を向けてはならない」

 

 かなめは手帳を取り出しそれを書き留めた。


 書き終えたのを確認してから卜部が続ける。 




「二つ、雅子ちゃんの視界を遮ってはならない」

  

「え……?」

 

「要は箱に詰めたり布をかけたりするなということだ」


「なるほど……」


 かなめはそう言って、卜部の説明も丁寧に手帳に書き込んだ。 




「三つ、雅子ちゃん以外の人形を可愛がってはならない。おい、お前の家に人形やぬいぐるみはあるか?」

 

「あります……」

 

 そう答えながらかなめは嫌な予感がした。

 

「なら捨てろ」


「言うと思いました!! 絶対嫌です……!!」

 

 情け容赦のない卜部の言葉にかなめは猛然と異を申し立てる。

 

「わがままを言うな!! 他のぬいぐるみが雅子ちゃんの目に触れてみろ!? 怒り狂ってとんでもないことになる……!!」

 

「それでも捨てるなんて嫌です!! ぬいぐるみは友達なんです!!」

 

 その言葉を聞いた卜部は信じられないとでも言うように目をぱちくりさせた。

 

「かめ……お前友達がいないのか……?」

 

「亀じゃありません!! いますよ!! 失礼な!! それに先生にだけは言われたくありません!!」

 


「ふん!! 余計なお世話だ……ならその友達とやらに預かってもらえ!!」

 

 卜部がこめかみをぴくぴくさせながらそう言うと、かなめは良いことを思いついたような顔で言った。


「そうだ! 先生が預かってくださいよ!? 一人じゃ寂しいだろうし……」

 

「却下だ!! なら箱にでも詰めて押入れの奥深くにしまっておけ……!! 雅子ちゃんに見つからないことを祈って震えながらな……!! 注意事項は以上だが、もう一つしなければならんことがある……」


 

 そう言って卜部は戸棚の下段の引き出しから古い紙に包まれた何かを持ち出してきた。

 

 

「なんですかそれ……?」

 

「つげのくしだ。これに椿油を一滴垂らして雅子ちゃんの髪を毎晩け。膝に乗せて丁寧にやるんだぞ? わかったな?」

 

「膝に乗せて毎晩……」

 

 かなめは青ざめた顔で呟いた。

 

 卜部は頭を掻きむしると、仕切り直すようにかなめを睨みつけて念を押す。

 

「いいか? こいつは本当にヤバい代物だ。だが今お前に憑いてる生霊もハッキリ言って想像を絶する……こいつが命綱だと思って死ぬ気でやれ。どうせ恐ろしい目に遭うなら、対処法が分かっている方が良い……いいな?」



 かなめは真剣な眼差しで話す卜部を見て、真顔に戻ると小さく頷いた。


 市松人形にそっと目をやると、カタ……と小さく音がして、罅割れた白い顔がかなめの方に傾くのだった。

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