ケース8 じんめんそう⑫
深夜の事務所、仄明るい蛍光灯の光にうっすらと不穏の影が混じる。
むき出しの
目眩がする。
無理……むり……ムリ……?
その言葉が持つ意味をうまく理解出来ず、気がつくとかなめは呆けた声で呟いていた。
「むり……?」
「ああ。実際に屋敷に足を運んだわけじゃないが、あんなモノを相手にするなど……いくら積まれても御免こうむる」
二本目の煙草に火を点けた卜部は煙と一緒に吐き捨てるようにそう言った。
「それじゃあ……先生にも祓えないようなモノがあの屋敷に……?」
絶望の表情を浮かべたかなめが力なく言う。
卜部はそんなかなめを一瞥すると、視線を逸らしてこう続けた。
「勘違いするな。昔の話だ。今は無理とは言ってない」
「じゃあ……!!」
生気の戻った表情でかなめは再び机に身を乗り出す。
それを待ち構えていたかのように、卜部は右手を伸ばして強烈なデコピンをかなめの額に見舞った。
「痛ったぁああああ!?」
おでこを両手で覆って悶絶するかなめを、卜部は見下ろすようにして一喝する。
「何がじゃあだ!! このたわけ!! 言っておくが相当ヤバいことに変わりはないぞ……? まったく余計な厄介事を持ち込みよってからに……!!」
「
半泣きになりながらも、かなめの胸に安堵が押し寄せる。
卜部は机の背後に置かれた戸棚の方に向かうと、古びた鍵を取り出し観音開きの戸棚に挿した。
そういえば、あの戸棚が開いたところをかなめは一度も見たことがないことに気づく。
興味と同じくらい、嫌な予感がした。
卜部は戸棚を開けずに、何やらぶつぶつと呟いている。
呟き終わるとかなめの方を振り返り、意地悪い顔でにやりと嗤って言った。
「俺がお前のところに泊まるわけにもいかんからな……今日から事件が解決するまで、コイツと一緒に生活してもらう……」
そう言って卜部はゆっくりと戸棚を開く。
きぃいぃい……と錆びた金具が軋む音がして、戸棚の暗闇から生臭いニオイが漏れ出してきた。
吸い込んではいけない……
とっさにそう思い、かなめは鼻を摘んで息を止める。
卜部は戸棚の中の闇に両手を差し入れ、何かを持ち上げるような動作を見せた。
同時に蛍光灯がジー……と音を立てて、不安定に揺らいで見せる。
「紹介しよう。
卜部は赤い着物に身を包んだ市松人形を両手で持ってそう言った。
白い顔には無数のひび割れがあり、小さく紅を差した口元は、うっすら嗤っているように見える。
しかし……
目が笑っていない。
微妙に左右で大きさの違う目は、日本人形とは思えないほど大きく、邪悪な意思をもってしてかなめを睨みつけていた。
言葉を失い一歩退いたかなめに、卜部は近付きながら言った。
「知っての通り、大方の呪物は蔵に封印してる。互いの邪気で力を削ぎ合うように配置してそのうえで厳重に結界を張ってな……」
「だが……稀にコイツのような厄介者が現れる……」
「どういう意味ですか……?」
かなめが顔を引きつらせながら尋ねると、卜部は鈍い狂気の光を眼に溜めて答えた。
「喰っちまうのさ。他の呪物を、怨念諸共な……」
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