ケース8 じんめんそう⑨


 沈黙した携帯から目が離せずにいると、再び携帯が短く震えた。

 

 液晶にはホーリーの文字が光っている。

 

 どうやら先程のメールに返事が来たらしい。

 

 かなめは割れた破片を踏まぬよう爪先立ちになりながら、慎重に携帯に近づいた。

 

 恐る恐る二つ折りの携帯を開くと、メールはやはりホーリーからのようだった。

 

 少しだけ安堵して、かなめは受信ボックスを開いた。



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 📧001 03/12 22:44

 From:ホーリー

 Re:今日はありがとうございました 


『縺薙▲縺。縺薙◎莉頑律縺ッ縺斐a繧もし薙���

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 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 


 開いたメールを見てかなめの身体に緊張が走った。

 

「なに……これ……?」

 

 思わず呟くと、不吉な気配が脳裏を掠める。

 

 無意識のうちにかなめの目は違和感の正体を探していた。

 

「ひっ……」

 

 それに気づくと同時に、かなめは思わず携帯を手放してしまう。

 

 床に落ちた携帯は音を立ててフローリングを滑ると、カーペットの縁にぶつかり動きを止めた。


 思わず壁を背にして引きつった顔で見た携帯の画面には、相変わらず文字化けのメールが見せつけるようしてに言葉を映し出している。

 



 ……

 

 

 櫻木舞子が使っていた言葉……

 

 偶然かもしれない。

 

 文字化けのせいで起きた単なる偶然かもしれない。

 

 そう自分に言い聞かせようとしても、これが偶然などではないことを、かなめは嫌ほど理解っている。

 

 卜部に連絡しようかとも思ったが、そのためには再び携帯に触れなければならなかった。

 

 いつの間にか画面が暗転した、何かしらの障りを受けているであろう携帯に視線を落とし、しばらく逡巡してからかなめは連絡を諦める。


 代わりにチラリと時計に目をやり終電の時間を確認した。 



 先生の所に行こう……

 


 かなめは携帯を諦め玄関へと向かった。

 

 すると風呂桶の湯が溢れる音が聞こえて足を止める。

 

 

 しまった……

 

 お風呂沸かしてたんだった……

 

 

 階下への水漏れが頭を過ぎり、かなめは意を決して脱衣所のドアを開けた。


 かなめは恐怖を誤魔化すために、湯気で曇った折りたたみ式の扉を勢いよく開くと、余計な物を見ないようにかなめは蛇口を捻って湯を止め、大急ぎで風呂場を後にした。


 

 鉄の玄関扉を開け外に出ると、焦ってうまく掛けられない鍵に苦戦する。



 ずるり……ずるり……と色を濃くする不吉の気配が、かなめの焦燥感を増していく。



 早く早く早く……!!


 鍵の束が手から滑り落ちて大きな音を立てる。



 かなめは慌ててそれを拾い上げると、大きく深呼吸して呟いた。



「落ち着け……ゆっくり穴に鍵を入れるだけだ……」



 カチャ……



 鍵を掛け、やっとの思いでバタバタと駆け出したかなめは知らない。

 

 半透明の浴室の扉、その向こうに、黒い女の影が佇んでいたことを。

 

 コールタールのようにこびりつく黒い影が、その影の黒さを増していくことを。

 

 


 べた……

 

 誰もいないはずの浴室に、ねっとりとした音が人知れず鳴り響いた。

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