ケース7 団地の立退き㊷
黒髪の絡みつく大木を落雷が引き裂いた。
同時に髪の焦げる異臭が辺りに立ち込める。
「よくも……」
焼き切れた髪を振り乱し、女がかなめを睨みつけた。
しかし女がかなめに襲いかかるよりも早く一陣の黒風が女を攫う。
暗い森の奥からは断末魔の絶叫とぐじゅるぐじゅると臓物を啜る音が響き渡った。
卜部はかなめに駆け寄ると両肩を掴み身体をくまなく調べて言う。
「どこか痛むところはないか……!? 身体に違和感は!?」
「だ、大丈夫です……」
卜部のあまりの慌てようにかなめは目を丸くして答えた。
「いいか……!? 奴を使うということは代償を支払うことを意味する……今奴が食った怪異は相当上位の怪異だ……代償は計り知れん……今から俺が肩代わりの契約を結ぶ。それまでお前は俺の書いた結界の中で待ってろ……!! 絶対に出てくるんじゃないぞ!? いいな…!!」
「それには及びません……」
卜部とかなめはその声に驚き、同時に声がした方に振り返る。
そこには満面の笑顔を浮かべたミニピンが尻尾を振り振り立っていた。
「リーちゃんさん……!?」
「はい!! リーちゃんでございます!!」
「それには及ばないとはどういう意味だ……? 無償というわけはあるまい……」
目を細める卜部に向かってリベカはニヤリと口角を上げる。
「はい。わたくしが頂く代償は、契約者様にとって価値のあるものでなければなりません……!! かめ様にとって最も価値のあるものの一部を頂きとうございます……!! それではかめ様、ちょっとお耳を拝借」
そう言ってリベカは前足をちょいちょいと動かしてかなめを呼んだ。
かがみ込んだかなめの耳にリベカが何事かを囁くとかなめは耳まで赤くして大声で叫んだ。
「なっ……!! 何言ってるんですか!!」
「残念ながら隠し立ては意味がございません。わたくしが欲しているということは、それはかめ様が持っていることを意味します。うふふふふ……!! さ。大きな声で。目的語は不要でございます。うふふふふふふふ……!!」
しばらく頭を抱えて悶絶していたが、かなめはやがてうつむいたまま小声でつぶやいた。
「です……」
「聞こえませんねぇ……? 目的語もお付けしますか?」
意地悪で楽しげな笑みを浮かべた邪悪なミニピンがそこにはいた。
やはり卜部の式神を侮るべきではなかったとかなめは後悔する。
しかし覚悟を決めたかなめは森に響き渡る大声で叫ぶのだった。
「好きです……!!」
それを聞いたリベカはぴょんぴょんっとかなめの周りを跳ね回って大興奮の様子でまくしたてる。
「ぐふふふふふふふふ……!! この甘酸っぱい味……!! たまらんでございます……!! 歳を取ってもやはり恋バナは最高の甘露でございます……!! むふふふふふふ……!!」
真っ赤な顔を両手で覆うかなめの周りをぐるぐる何度も走り回ると、満足したのかリベカはハァハァと荒い息遣いで言った。
「甘々のデザートを頂きましたので、リベカはこれにて失礼いたします……!! また御用があればお呼び下さいまし……!! かめ様……」
そう言ってリベカはかなめを見つめた。
真面目な瞳に当てられて、かなめもリベカを見つめ返す。
「ふぁ・い・と!! うふふふふふふ……!! どろんでございます……!!」
そう言ってリベカは煙とともに消え去り、犬型の紙垂がひらひらと地面に舞い落ちるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます