ケース7 団地の立退き㊵


 木々がざわざわと音を立てる。


 得体の知れない何かが、落ち葉の上を滑るような音がする。


 じゅくじゅくと腐敗した腐葉土が、雨に濡れて特有の臭いを立ち上らせる


 

 そんな中で卜部は吊るされた女に鋭い視線を送っていた。

 

 それは射るような目とも、真剣な眼差しとも違う、ゾッとするほど冷たい目だった。

 

 見たことのない卜部の瞳の色に、かなめの中の不安がぼわぼわとした耳鳴りを伴って膨らんでいく。

 

 声をかけようと歩み寄ると、卜部は振り返りもせずに手を伸ばしてかなめを制した。

 

「そこにいろ……」

 

「でも……」

 

そこにいろ……!!」

 

 ぶつぶつと聞き覚えのない言葉を唱えながら、卜部は女の方に歩いていく。

 

 女は宙吊りのままニタニタと薄笑いを浮かべて卜部を見下ろしていた。

 

 

「卜部……お前が卜部だろ……?」

 

 女は老婆のような嗄れ声で言った。

 

が言ってた。いつかお前がここに来ると……」


 ずるずると黒い麻縄が伸びて女の目線が低くなっていく。


 そこでかなめは女の首に巻き付いているのが縄ではなくだと気が付きおぞけだった。 



「奴はどこだ……?」

 

 卜部の冷たい声が雨の降りしきる森に響く。

 

 それを聞いた女は卜部を挑発するように舌を伸ばして顔を歪めた。

 

「教えない……取引ならいい」

 

 そう言って女はかなめに目をやった。 


 目が遭うと同時に全身に悪寒が走る。

 

 その目は邪視よりも暗く、その視線は持っているかのようだった。



 服の中を何かが這いずり回る感覚がかなめを襲う。

 


 思わず悲鳴をあげて服の上から身体をはたくと、服の中に確かな手応えを感じて全身の血の気が引いた。

 

「プレゼント……」

 

 そう言って嗤った女とかなめ間に卜部が割り込み、何事かを唱えながら手刀を放つ。

 

 しかしそれでも、かなめを襲うが消えることはなかった。

 

 もぞもぞと二つの固まりがかなめの服の中を上ってくる。

 

 それはやがてかなめの襟元に到達し、服の隙間から顔を出した。

 

 

「かなめぇぇぇぇぇええ……?」

 

「かなめちゃあああああああああん……?」

 


「きゃあああああああああああああ……!?」

 

 かなめは這い上がってきた二つの首を押し戻そうと両手で押さえつけた。

 

 しかしそれは何度も何度もかなめの名を呼んで這い上がってくる。

 

 

「あなたに憑いてたパパとママよ……? また会えて嬉しい?」

 

 女は満面の笑みで言った。

 

「パパと……ママ……?」

 

 かなめが二つの頭に視線を落とすと真っ黒に空いた両目の穴から血を滴らせる両親がそこにいた。

 

「かなめちゃあああああああん……は駄目よおおおおおおお……!!」

 

は邪悪だ……血で穢れてるるるるるるるるるるるるるるる……!!」

 

「あの男……? 奴って……?」

 

 かなめがそう言うと二人はぐるりと首を回して、真っ直ぐ卜部の方を向いた。

 

 視線の先の卜部は両手で印を結んでおり、かなめを一瞥してから短く叫ぶ。

 

「呪咒怪脱」


 その言葉はかなめに聞き取ることのできない亜声あせいだった。


 その声が届くと同時、眼の無い両親は黒い髪の固まりへと姿を変えて、かなめの足元にずり落ちる。


 

 しかし卜部の放ったその声が酷く冷酷な響きに感じられて、かなめは胸の奥に鋭い何かが刺さったような気がした。


 少し遅れて、胸の奥深くに、うっすらと鈍い痛みが生じた。

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