ケース7 団地の立退き㊱

 

 どちゃ…という音と共に魑魅様が地に倒れた。それを見た信者達は口を両手で抑えて狼狽えている。


「小林さん…!!」


 かなめにチラリと目をやり、小林が椅子の拘束具に手をかけた。


「逃げなさい…!!」


「小林さんも一緒に…!!」


 小林は拘束を解きながら首を横に振る。


「娘は…でも、…!!」


 かなめは小林の言葉の意味を理解し目を見開いた。その目を小林が見つめ返して優しい笑みを浮かべる。


「私が馬鹿だった。あなたのおかげで目が覚めたわ……!!」


 真剣な表情で叫ぶ小林の声に弾かれるようにしてかなめは立ち上がった。


 しかし出口の前にはヤマメ様が信者達を従えて立ち塞がっている。


「逃げられるとお思いですか? を冒涜した罪は償って頂きますからね?」


 ヤマメがコクリと頷き無言で信者達に指示を出す。信者達は虚空を宿した瞳を鈍く光らせながらかなめと小林の方へと躙り寄ってきた。


 小林がかなめを庇おうと前に出る。しかしかなめはその腕を掴んでぐっと引き寄せた。


「先生…!! です!! 助けて…!!」


 叫ぶかなめを一瞥してヤマメ様が口角を上げた。



「何を言うかと思えば…あなたのせんせ…」



「走狗の理を以て迅雷と成せ……!!」




 近くで雷が落ちる音がした。


 轟音がヤマメ様の言葉をかき消し、驚いたヤマメ様が後ろを振り向く。


「何事ですっ…!? きゃああああ…!!」


 その瞬間襖が音を立てて吹き飛びヤマメ様と信者を下敷きにしてしまった。


 その襖を上から踏みしめながら、卜部と真っ黒な獣が部屋に入って来る。


 卜部はかなめの姿を見つけて小さく溜め息をついてから、黒い獣に声をかけた。


「餌の時間だ。奴をくれてやる…」


 卜部はそう言って床でもがく奇怪なに視線をとばす。


 すると獣はぱっくりと口を開き、涎が滴る白い牙を見せた。その姿は、まるで嗤っているかのようだった。


 かなめが瞬きする間に、黒い風が脇を掠めての元へと吹き抜けていった。


 背後では肉を咬み切る恐ろしい音が響いている。思わず振り向こうとすると卜部の声が飛んできた。


「見るな…!! 餌の時間を邪魔すればタダではすまない…遅くなってすまなかったな…」


 嫌に懐かしいようなその声に、かなめの目に涙がこみ上げてきた。


 かなめは卜部に駆け寄り、思わずその身体にしがみついく。


おぞずぎまずぅぅ遅すぎます…!!」


 卜部はあやすようにかなめの頭を叩きながら小林に視線を向けて声を掛ける。


「どうやら邪に呑まれなかったようだな」


「あんたの可愛い助手さんのおかげでね。その子を幸せにしてあげな…」


「ふん…!! 余計なお世話だ…」


 卜部の服に顔を埋めながら、かなめは二人のやり取りを聞いて心臓が飛び出しそうになっていた。


 ついでに勢いでしがみついたは良いものの、今の自分がどんな顔をしているのかと考えると顔を離すのが恐ろしい…


 それにこのまましがみついているわけにもいかない…


 どぎん…どぎん…と喧しく鳴る心臓と熱くなる耳に半泣きになりながら、かなめは…と卜部から離れて壁の方にフイと顔を背けるのだった。



 

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