ケース7 団地の立退き㉟

 

 にぃちゃあ……

 

 唇とも判らないほど溶けた皮膚が音を立てて三日月を描いた。

 

 隙間から覗く無数の鋭い牙にかなめは息が止まりそうになる。

 


魑魅すだま様もあなたのことを気に入ってくださったようですよ?」

 

 冷酷な笑みを浮かべてヤマメ様が囁いた。

 

はいったい……?」

 

「ふふふ……この山に住まう土地神様です。ここが切り開かれて団地が建つ、この地を守ってきた神聖な神様なんですよ?」

 

「アレが神聖なはずない……だってアレは……」

 

 まるで怨念のようではないか……?

 

 かなめの答えを待たずヤマメ様は数歩後ずさって祈りの姿勢をとった。

 

「哀れな魂と過去に健やかなる浄化の雨を……!!」

 

 雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を雨を!!

 雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨アメアメアメアメアメアメアメアメアメアメアメ

    マニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエ

 シトシトシトシトシトシトシトシトシトシト

          シトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシトシト

 死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と死と





          ……

 


 巨大な頭部から短い手足を四角い穴に突っ張りながら、ずるる……ずるり……と堕ちてくる魑魅にかなめの心臓はバクバクと悲鳴をあげた。

 

 壁を滴る雨水までもが、どこか不浄極まりない液体のように思えて、頬を打つ水滴に鳥肌が立つ。

 

 魑魅が近づくに連れて血生臭い異臭が漂ってきた。

 

 ぺた……びちゃ……ぬちゃ……

 

 壁から手足が剥がれる度に、気持ちの悪い音が耳を凌辱する。

 

 とうとうかなめは堪えきれずに目を閉じ息を止めた。

 

 心臓の激しい鼓動が耳の中で聞こえる。

 

 それはまるでお囃子の太鼓のようだった。

 

 どんどんどっど……!!

 どんどんどっど……!!

 

 息が苦しくなる。

 

 どれほど時間が経ったのかもわからない。

 

 どっどっどっどっどっど……

 どっどっどっどっどっど……

 

 息が限界を迎える。

 

 かなめは恐る恐る目を開いた。

 

 すると

 

 

 

 目と鼻の先で歓喜の笑みを浮かべる魑魅の巨大な顔がそこはあった。

 

 

「きゃあああああああああああああああああ……!!」

 

 思わず叫んだ口に魑魅の短い手が伸びてくる。

 

 かなめは咄嗟に顔を背けて大声で叫んだ。

 

 

……!!」

 

 

「無駄です……!! あの男は来やしません……!!」

 

 そう言ってヤマメ様が余裕の笑みを浮かべる脇をすり抜けて一人の人影が魑魅に向かって突っ込んでいく。

 

 

「あああああああああああああああああああ……!!」

 


 叫び声を上げながら魑魅に体当りする小林を見て、部屋の中にどよめきが広がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る