ケース7 団地の立退き㉞


「くそ……!! 余計な時間を食った……」


 リベカとともに全速力で走りながら卜部が毒づく。


「でもよろしかったんですか? お二人をあの部屋に押し込んで……」


 リベカがハァハァと荒い息を吐きながら尋ねた。


「問題ない。あの部屋はになってる。にも了承済みだ……」


「はて……? そうは見えませんでしが……」


 リベカは102で絶望の顔を浮かべたのことを思い出しながらつぶやいた。


「やかましい……それより時間がない……!! 早くかめのいる五号棟に!!」


「五号棟といいますと、あの一番奥の?」


「それ以外にどこがある!?」


「なんと!! それでしたらそうと早く言ってくださいまし!! がございます……!!」


 そう言ってリベカは方向転換して進行方向とは真逆に駆け出した。


「おい!! 待て!! 時間がないんだ!!」


「こちらでございます!! ヒィイイイ、ハァァァアアア!!」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 信者達はかなめの両肩を掴んで立ち上がらせると先程まで小林が拘束されていた椅子に連れて行った。

 

 椅子に拘束されながら小林に目をやると相変わらず不気味な微笑みを浮かべている。

 

 しかしその目の奥にほんの一瞬過った影をかなめは見逃さなかった。

 

「小林さん……!!」

 

 まっすぐに小林の目を見据えてかなめが声を上げる。

 

が帰って来た時のためにここに住んでるんですよね……!?」

 

 小林の表情がわずかに歪んだ。

 

「今の小林さんを見たら、娘さんはきっと自分を責めるんじゃないですか? 自分が出ていったせいでお母さんがって、後悔するんじゃないですか?」

 

 小林の部屋に置かれた写真立ての女性を思い描きながらかなめは言葉を綴る。

 

 まるで見当違いかもしれない。娘かどうかもわからない。

 

 それでもかなめは小林に訴え続けるた。

 

「それで娘さんも、あなたと同じようににされて……小林さんはそれでいいんですか!?」

 

「そんなふうに一緒にいることを小林さんは望んでたんじゃないはずです……!! 思い出してください……!! じゃ流れたりしない……!!」

 

 小林は依然として不気味な笑みを浮かべていた。しかしその両眼からは涙が筋になって流れ落ちていく。

 

「皆さん。惑わされてはなりません。彼女は酷い邪気に冒されています……!! はやく浄化を……!!」

 

 小林の前に立ちはだかったヤマメ様の声には先ほどまであった余裕が感じられない。

 

 かなめはそんなヤマメ様を睨んで言った。

 

「焦ってるんですね。洗脳が解けるのが怖いんですか?」

 

「洗脳……?」

 

「だってそうでしょ? 心の傷に付け込んで怪異の力でいいなりにして……!! そんなの、ただの洗脳です!!」

 

 ヤマメ様の顔から表情が消えた。

 

 すっとかなめの側に立つと、乱暴にレバーを操作し、椅子の背もたれを倒してかなめの顔を両手で掴む。

 

「今にそんな減らず口も叩けなくなりますよ……? ほら? 御覧なさい!? が今から、あなたの中に入るんですからね!?」

 

 かなめが天井に空いた穴の奥に目をやると、そこには人のようなものがこちらを覗き込んでいるのが見えた。

 

 溶けた皮膚からは膿と血が滲み、真っ赤に染まった醜い顔が、巨大な口を大きく開いてと嗤う。

 

 溶けて失くなった瞼の下には、ぎょろりとギラつく邪悪な双眸が光っていた。

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