ケース7 団地の立退き㉝
どん……どん……どん……
カッ……!!
どん……どどん……
カッ……!!
何処からともなく現れたお囃子の音に合わせて小林の身体が不気味に動き始める。
どんどんどんどん……
どんどんどんどん……
どんどんどんどん……
どんどんどんどん……
早まる太鼓が場の空気を支配していく。
得体の知れない高揚感に包まれた信者達はぞろぞろと小林の周りに集まり手を取り合って輪になった。
晴れの常世の御体なれど……
悩み憂いの数知れず……
慈雨に穢れた性根を捧げ……
げーだつげだつニンゲンげだつ……
カラの形代差し出し解脱……
げーだつげだつのニンゲンげだつ……
繰り返される一定の抑揚がかなめの感覚を狂わせた。
世界が歪み、手足が巨大になり、頭が天井付近にまで伸びるような錯覚がする。
「さあ。御覧ください? 小林さんは生まれ変わりましたよ?」
耳元で囁くヤマメ様の声が伸び縮みを繰り返す世界の中で、すぅ……とかなめの脳に染み込んでいった。
操られるように視線を上げると小林が拘束を解かれて立ち上がるのが見えた。
恍惚の表情を浮かべた小林がこちらを見て笑みを浮かべる。
切り取られたはずの舌はいつのまにか《《元通り》になっていた。
「さあ。よく見て下さい。彼女の幸せそうな顔を。子を思う煩悩から解き放たれたのです。彼女は我が子を待ち続けていましたがそれは嘘なのです……」
「う……そ?」
ヤマメ様は悲しみを滲ませた、何処か困ったような笑顔で頷いた。
「子は親の所有物ではありません。何人も他人を自分の思い通りに操る権利はないのです……そう。あなたのご両親だって同じです……」
「わたしの両親を知ってるんですか……!?」
目を見開くかなめにヤマメ様は何も答えなかった。
ただ微笑を湛えた顔でかなめの目を見つめている。
「あなたは今、亡くなったご両親に囚われているのです……ご両親は悪霊となって辛い記憶に宿り、あなたを縛り続けているのです……それから解き放たれたくはありませんか?」
「嘘です……あなたは嘘つきです……!! パパとママが悪霊になるはずなんてない……!! それにわたしを苦しめるなんてありえません……!!」
「本当にそう言い切れますか? あなたはご両親のことを本当に理解していたと言えますか?」
「それは……」
「それに、覚えがあるんじゃないですか? 二人があなたを呪う恐ろしい姿に……」
かなめは藤三郎の屋敷で見た両親の幻影を思い出し思わず唾を呑みこんだ。
ごくりと耳障りな音が無音の部屋に響き、ヤマメ様は勝ち誇ったように口を歪めた。
俯くかなめの両肩に優しく手を置き耳元でそっと囁いた。
「ほらね? でもご両親を責めてはなりません。人は弱いのです。神の慈雨を受け入れ過去も罪過も水に流すのです……それに……」
「あなたを惑わす腹痛先生は来ませんよ? ここは神聖な場所。あのような
その言葉で、俯いていたかなめがスッと顔上げる。
その目には小さな火が明々と燃えていた。
「確かに……わたしには両親の記憶がほとんどありません……もしかしたら、二人はわたしを恨んでいて呪っているかも知れない……でも……」
「先生は来ます……!! それに先生は邪なんかじゃない……!! 誰よりも強くて、優しくて、純粋な人です……!! あなたみたいに、人の弱みにつけ込んだりしない!!」
かなめの強い目の輝きを見て、その言葉を聞いたヤマメ様から笑顔が消えた。
優しげな微笑の仮面の下から、冷酷な素顔が顔を出す。
「どうやらあなたも穢れに染まっているようですね……皆さん!! この方にも神の雨を受けていただきましょう!! 汚い記憶も心も洗い清めて、まったく新しい人に生まれ変わらせて差し上げるのです……!!」
アマニエだ……
アマニエ……
アマニエの時間だ……
ボソボソとつぶやき、不気味なニヤニヤ顔を浮かべながら、信者達はかなめの周りを取り囲んだ。
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