ケース7 団地の立退き㉜
小林の顔に被せられたズタ袋が取り去られると同時に、脇に立った男が椅子のレバーを引いた。
ガチャン……と金属の部品が音を立て、椅子の背が倒れていく。
小林は恐怖に引き攣った顔でかなめの方を見た。
小林と目が合いかなめは戦慄する……
その目は閉じることが出来ないように太い刺繍糸で瞼が縫い付けられていた。
見開かれた白目の中に恐怖に濡れた黒目が光っている。
小林はかなめに助けを求めようとしたが口から出るのは呻くようなくぐもった音だけだった。
嫌な予感がした。
目を逸らそうとしたかなめの顔を、いつの間にか側に立っていたヤマメ様が優しく支える。
「よく見て下さい。確かに見てくれは残酷です。しかしその本質は愛なのです……」
気がつくと、いつの間にかかなめの身体はガタガタと震えている。
震えながらも小林に口元に視線を移し、かなめは静かに泣いた。
閉じられぬように見慣れぬ器具を嵌め込まれた口内には舌が無かったのだ。
小林は目で何かをかなめに訴えていたがやがて男に頭を固定されて天井を見上げるような格好になった。
「何するんですか……!? やめて下さい……!!」
ヤマメ様に向き直りかなめが声を上げると答えの代わりに微笑みが返ってきた。
「始めて下さい……」
男は頷くと天井の穴から垂れた太い
それと同時に重たい何かがズルズルと引きずられるような音が天井の穴の奥から聞こえてくる。
「あの穴は屋上へと繋がっています。普段は蓋をしてありますが、こうして雨が必要な時だけ、正しい手順を踏んで開くのですよ?」
天井に空いた正方形の穴からシトシトと雨水が滴ってくる。
小林の顔はちょうど穴の真下に来るようになっており、滴る雨を避けることは出来ない。
その上目を閉じることも、口を閉じることも許されず、滴る雨は容赦なく小林の目に、口に侵入していく。
「うっ……!? うううううううううぅぅぅううう……!!」
突然小林が身体を激しく揺すって暴れ始めた。
それは雨水を嫌がっているというよりも、視線の先、穴の奥に存在する何かに怯えているように見える。
「皆さん!! 神がおいでになられました……!! 祈りを!!」
いかれた歓喜の表情を浮かべてヤマメ様が声を張り上げると、信者達は聞き覚えのない祝詞のようなものを一斉に唱え始めた。
御霊を祀りて幾星霜……
罪穢れ不浄欺瞞を払え給え清め給えと白す……
不気味な祝詞に誘われるように、天井の穴から粘度の高い赤い液体が伸びてきた。
それは震える小林の眼球から、口から中へ中へと侵入していく。
えづきながら激しく抵抗していた小林は、やがてがっくりと力を失い、小さく痙攣するだけになった。
ぴと
ぴと
ぴと
ぴと
ぴと
ぴと
部屋には雨漏りの音だけが響き、異様な静けさが満ちていた。
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