ケース7 団地の立退き㉛
狂信的なぬめぬめした光を宿す濁った眼でヤマメ様を見つめる者共が、緩慢な動作で一斉に立ち上がる。
かなめの脳裏にふわりと宗教の文字が浮かびあがった。
それに気がつくと、今度は恐ろしい妄想が脳細胞を占拠していく。
ぴとぴとと滴る雨漏りの音がその間隔を短くし、信者達が口々に囁く意味不明の言葉の断片が身体の感覚を蝕んでいく。
ああ……濁った雨よ
アマ……さぞ苦しかろう
生の痛み!! アマニエ
アマニエ 麗しや麗しや…… アマニエ
アマニエ
全ての痛み苦しみは雨に溶けますように アマニエ
アマニエ
とろりと滴るんじゃ……
アマニエ
アマニエ…… 若いのぉ……
アマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエアマニエ
かなめの恐怖を見透かすようにヤマメ様はそっと近づき、優しい微笑みを浮かべてかなめに言った。
「恐れることは何もありませんよ? あなたに危害は加えません。まずは知ってほしいのです。私達の信じる神とその本質である慈愛を……」
「あ、あなたがこの人達の神様じゃないんですか……?」
「とんでもありません。私は神に仕える下僕の一人に過ぎません。ただ他の人よりも神の声が聞こえる。それだけです」
会話が成り立つことに不気味な安堵が押し寄せる。
恐怖とマガイモノの優しさで脳が激しく掻き混ぜられる。
頭では理解っていても恐怖に病んだ心が囁く。
今はこの人に縋りたい……と。
その時背後で男の声がした。
「ヤマメ様……準備が整いました……」
「ご苦労さまです。始めましょう!!」
スルスルと音を立てて襖が開くと、麻縄で両手と首を縛られ、ズタ袋を頭に被せられた人物が姿を現した。
かなめは一瞬、それが卜部ではないかと思い声を上げそうになったが、違った。
「小林さん……?」
かなめが思わずつぶやくと、ズタ袋がびくりと動く。
しかし口を封じられているのか、小林はスースーと呼吸するだけで何も言葉を発さなかった。
呼吸に合わせてズタ袋が膨らみ、縮みを繰り返す。
小さく震えながらも、小林は引かれるままトボトボと歩いていった。
「小林さん……残念でなりません……」
ヤマメ様が憂いを帯びた声で言った。
「どうして……お役目を果たさなかったのですか……?」
引かれていく小林の両肩に手のひらを添えて、付き添うようにヤマメ様は歩いた。
「あと少し功徳を積めば……息子さんは帰ってこれたんですよ……?」
優しげなヤマメ様の口調に反して、小林の身体はガタガタと大きく震え始めていた。
「役所の方々が来た時です。どうして神のことをお話せずに追い返してしまったのです?」
小林の呼吸が荒くなりズタ袋の収縮が激しさを増した。
「あなたには、熱心が足りません。それを神に授けて頂きましょう……」
ヤマメ様が信者達を振り返ると、信者の中から数人が出ていき小林を奇妙な形の椅子へと向かわせる。
それは理髪店の椅子のように見えた。
違うのは、肘置きや足置き、背もたれにも、身体を固定するための金具が取り付けられているということ。
小林は椅子に座らされる間際になって身体を捩って抵抗したが、もう遅かった。
数人の男に取り押さえられて椅子に拘束されると、静かにズタ袋が取り去られた。
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