ケース7 団地の立退き㉙
ひひ……
ひひひ……
ひ……
ひひひひ……
ひひひ……
霧の中、あちこちから嘲笑うような声が聞こえてきた。
それでも卜部は目の前の鳥居にぶら下がる四体の縊死体から目を逸らさない。
やがて縊死体の下顎がゆっくりと垂れ下がり、開いた口からだらりと舌が顔を出す。
自身の重みで麻縄が食い込んだ首元からは、みちみち……みちみち……と厭な音がしていた。
「卜部せんせ……あの縄……切れやしませんでしょうか……?」
リベカが恐る恐るつぶやくと、卜部は静かに首を横に振った。
「いいや。もっとおぞましい事になるさ……」
ごき……
ぼきぼき……
コキッ……
卜部の予言を裏付けるように、縊死体の首が折れる音が辺りに響く。
すると折れてぐにゃりと伸びた首のお陰で、縊死体達の足が地に付いた。
「来るぞ……」
卜部がそう言うとリベカは甲高い声で吠えてから、すっと卜部の背後に隠れてしまった。
「兄貴……!! やっちまってください……!!」
「やかましい……」
調子を崩されながらも卜部はがま口のバッグから一本の小刀を取り出し鞘を抜いた。
「なぜ首を外してお前たちは地に足を付いた?」
卜部はそう言って大げさに片足を振り上げ音を立てて着地した。
まるで歌舞伎かお能のような身振りで卜部の小刀は空を裂く。
「
同時に卜部は、はっきりとした発声で叫ぶ。
すると縊死体達のニタニタ顔がわずかに歪んだ。
卜部はそれを確認して、再び大きく足を上げて地を踏みつけ叫んだ。
「
ボキボキと首を伸ばしながら歩み寄ってきていた縊死体の足が止まる。
卜部は畳み掛けるように独特の歩法と動きを保ったまま、空を裂き裂き怪異に踏み込んでいく。
「
縊死体達はガタガタと震えながら、自身の首に結わえられた麻縄を両手で掴み卜部から逃れようと霧に向かって走った。
「無駄だ……」
卜部はぼそりとつぶやき、鳥居に結ばれた麻縄を見上げると、両足を身体に引き付けるようにして高く宙を舞う。
「
そう叫んで横向きに
卜部は親指と薬指、そして小指の三指で輪をつくり、残った二本の指を真っ直ぐに立てて口元に当てると静かに唱えた。
「汝らを縛る諸々の因果、契約、罪穢れ……邪なる大元から受けるあらゆる恩寵に至るまで……洗い清めたまえ……断ち切り給え……」
霧の奥から金切り声とも唸り声ともつかない慟哭が響いた。
しかしそれは霧に呑まれてすぐに静けさに変わっていく。
「行くぞリベカ……」
そう言って振り返ると、リベカは霧の奥を睨んで右前足を上げたままポイントの姿勢を取っていた。
「またどなたかがいらっしゃったようでございます……」
卜部がそちらを睨むとかすかな声がした。
「先生……」
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