ケース7 団地の立退き㉘


 鳥居の群れをくぐる間中、ミニピンのリベカは上機嫌で喋り続けていた。

 

 卜部は何も考えないようにしながらひたすら低い声で「ああ」とか「うん」とか相槌を打つ。

 

 

「日に三度の卵かけご飯があれば、わたくしそれだけで幸せいっぱい! 腹いっぱいなのでございます!! はいかがでございますか?」

 

 いつの間にか御主人様からに変わった二人称にも気付かぬフリを決め込み、卜部が適当な相槌を打つ。

 

「はぁ……先程からとかとかばかりでございますね……それではに愛想を尽かされてしまうのではないかと……ちょっとわたくし心配になってまいりました……!!」

 

 ちらりと振り向いたリベカが意味深な瞳で卜部を見据える。

 

「余計なお世話だ……」

 

 思わず答えた卜部にリベカの丸い瞳が輝く。

 

「ということは……やっぱり愛想を尽かされるかも……とご自覚が? ……!! やっぱり愛想を尽かされたくない!?」

 

 ハァハァと激しく息をしながらまくし立てるリベカを睨んで卜部がついに吠えた。

 

「リベカ!! お口チャック……!!」

 

「はい。チャック……」

 

 一気に姿勢を正してリベカは前足で口のチャックを閉じる動作をしてみせた。

 

「まったく……!!」

 

 卜部は大きなため息をついてから、リベカに先を促した。

 

 黙々と鳥居をくぐる最中、リベカが何度か卜部を振り向き目を見つめる。

 

 卜部はシッシッと手を払う動作でリベカに案内を続けさせる。

 

 またが始まったらたまらん……

 

 不意に卜部の頬を生ぬるい空気の固まりが撫でた。

 

 それと同時に生臭い嫌な臭いが鼻を突く。

 

「なんだ……?」

 

 卜部が立ち止まって辺りを警戒していると再びリベカが振り返った。

 

「このリベカ……意を決してお話することがございます……」


「まて……今それどころじゃない」


「いえ。おそらくでございます……」

 

「なにぃ!?」

 

「無数の嫌な臭いに囲まれております。あと数秒でこちらに来るかと……」

 

「なぜ黙ってた!?」


「何度も申し上げようかと思ったのですが……お口にチャックが……」


 卜部は前髪を掻き上げ激しく頭を掻きむしった。


「あ。やって来ました……」


 リベカの視線の先に目をやると、深い霧の中、鳥居で首を吊った無数のがぶらぶらと揺れていた。

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