ケース7 団地の立退き㉗


 ぴちょん……ぴちょん……


 椅子に麻縄で縛り付けられたかなめの首筋に天井からの水が滴った。


 そこからゾクゾクとした悪寒が体全体に広がっていく。


 どうやらその部屋は雨漏りしているようで、見上げた天井にはぐじゅぐじゅと濃い灰色のが不気味な模様を形作っていた。



 床には溶けかけたキャンドルが橙色の明かりを灯しながら所狭しと並んでいる。 


 かなめの前には白い麻布の貫頭衣を着たトルソーが置かれており、首のないトルソーが無言でかなめを

 

 

 なんとか逃げないと……

 

 そう思って身を捩っていると、隣の部屋へと続く襖がスルスルと音を立てて開いた。

 

「こ、来ないで……!!」

 

 かなめが襖の方を睨むと貫頭衣を着たが無言のままぞろぞろと部屋に入ってきた。

 

「これを解いて……!! 一体どうするつもりですか……!? あなた達は誰!?」

 

 精一杯凄むかなめを無視して住人達はそれぞれのに正座すると部屋の前方にある祭壇に向かってひれ伏した。

 

 両手を前に突き出し手のひらを上に向けたその姿は、土下座とも違う奇妙な姿だった。

 

「雨を……」

 

 先頭の男が低い声でつぶやいた。

 

「雨をををををををを……!!」


 残りの者たちが声を揃えてそれに続く。

 

 かなめは部屋の空気が不気味に震えるのを感じて恐ろしくなる。



 パタパタパタ……


 

 まるでその声に呼応するように雨漏りが酷くなった。

 

 水滴は床のキャンドルの一本に落ちると……と音を立ててその火を消してしまった。

 

 

「可哀想に……」

 

 

 その声にハッとしてかなめは襖に目をやった。

 

 そこには白い巫女装束のような服を着た長い黒髪の女が立っていた。

 

 真っ赤な口紅が弧を描き目元を緩ませ微笑む女の姿に、かなめはどこか安堵にも似た感情を抱いていた。

 

「こ、ここから出して下さい!!」

 

 かなめが叫ぶと女はにっこりと微笑んだまま一礼して部屋に入ってきた。

 

 そのまま祭壇の前まで摺り足で進むと再び一礼してから祭壇にひれ伏した。

 

「迷える魂に恵みの雨を。怒れる者に調伏の豪雨を……」

 

 そう言って頭を上げると正座のままかなめを向き直り再び笑いかける。

 

ですね? お待ちしておりました。あなたは恵みの雨を受けるに相応しい方なんですよ?」

 

「どうしてわたしの名前を……!? それに恵みの雨って……?」

 

「分かるのです。悲しみを抱えた清らかな魂は皆家族です……恵みの雨は、悲しみを洗い流し、魂を清め、世界から争いを無くす浄化の雨です」

 

「それがわたしに何の関係があるんですか!?」

 

「大いに……」

 

 そう言って女は立ち上がった。

 

 女がすっと手を上げるとかなめの周りでひれ伏していた住人達も一斉に立ち上がる。

 


 何かが始まる気配を感じて、再びかなめの胸に恐怖と不安がが渦巻き始めた……

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