ケース7 団地の立退き㉕
卜部は小林の部屋を出るなり階段を駆け下り一階に降り立った。
地面に出来た黒い染みを指でなぞりその臭いを嗅ぐ。
腐ったような酷い臭いに顔を顰めて卜部は独り悪態をついて言った。
「クソ……この手だけは絶対に使いたくなかったが……」
卜部は懐から和紙と鋏を取り出すと、鋏を構えて和紙を凝視した。
しばらくそのまま和紙を睨んで躊躇していたが、やがて諦めたように深い溜め息を吐くと、畳んだ和紙に鋏を入れていく。
かなめがいれば目を輝かせて喜んだだろう。
卜部が見事な手付きで和紙に刃を入れていくと、美しい模様が浮かび上がっていった。
切り終えた和紙を摘んだ親指の先に鋏の切先を当てると、卜部は覚悟を決めて右手を握り込んだ。
シャン……
スッパリと切れた親指の先を伝い、血が和紙に染み渡っていく。
真っ赤に染まりきった和紙を開くと、それは見事な犬の形の
「掛け巻くも
卜部は祝詞をあげると御幣を地に置き、九字を切る。
「赤犬此処に来たりて我を尋ね人の元へと誘い給へ……急々如律令……!!」
卜部の一喝で語弊は燃え上がり、煙の中から一匹のミニピンが姿を顕した。
ミニピンは大きな耳をピンとそばだて、細長い尾っぽを激しく左右に振りながら片方の前足を上げて卜部にポイントをしてみせた。
「ポイントはいい……お前に探して欲しい奴がいる……」
卜部がそう言うと、ミニピンは目を輝かせて言った。
「はぁいっ……!! 御主人様!! よーくぞわたくしめをお喚びになってくださいました……!! 何っなりとご命令を!! それと……」
リベカは遠慮がちにハニカミながら、卜部を見上げて上目遣いに続ける。
「これはひどく私的なことで申し上げにくいのですが……わたくしのことはリベカないし親しみと愛情を込めてリーちゃんとお呼び下さい!! うふふふふふふふ……」
卜部は右手で目を押さえて唸ってから、諦めたようにため息を吐いた。
「リベカ……俺の助手が怪異に拐われた……俺の霊感は土地神の妨害で上手く働かん……お前の鼻が頼りだ……」
そう言って卜部は右手に巻かれたかなめのハンカチをリベカの鼻先に持っていった。
リベカはそれをクンクンと嗅ぎながら、数回に一度の割合で卜部の手を舐めている。
「むふふふふ……うら若きお嬢様の香りでございますね……!! わたくし、おっ死んでからもう随分と経ってますから、こんな素敵な香りはもう久々の久でございます……!! うーふふふふふ……」
卜部はすっと手を引っ込めてから、今度は地面の染みを触った指先をリベカの鼻先に持っていった。
「クッサ……!!」
リベカはカァーッ……カァーッ……と吐き戻すような仕草を繰り返してから卜部の方を向いた。
「こっちが怪異の臭いだ。この臭いには警戒してくれ……」
「嘆かわしい……これほどの悪臭も分からないほどとは……花粉症を甘く見てはなりません……!!」
「だから……!! 俺は土地神の……!! いや……いい。なんでもない……」
卜部は頭を掻きむしってから再びリベカに視線を落とす。
「頼めそうか……?」
「お任せ下さい……!! モチのロンでございます……!! して、このお嬢様のお名前は何と?」
「かな……」
卜部は言いかけた言葉を飲み込んでから静かに言い直した。
「かめだ」
リベカは申し訳無いことを聞いたとでもいうように、少々の憐れみを目に宿して答えて言った。
「ああ〜……左様でございますか……まぁ何と言いますか……随分とトロくさそうなお名前でございますね……それではかめ様救出に、いざ〜!! でございます!! うふふふふふ……」
こうして卜部は疲れた表情でリベカの後に従いながら団地の奥へと足を進めるのだった。
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