ケース7 団地の立退き㉓

 

 卜部はハンカチの巻かれた手で空を指さして言った。

 

「見ろかめ。あのケーブルだ……」

 

「亀じゃありません……!! 電線がどうかしたんですか?」


 たわんだ黒いケーブルに目を細めながらかなめが言うと、卜部のお叱りが返ってくる。 


「バカタレ……!! 電線じゃない!! あれはだ!!」

 

「わかりませんよ!! どれも同じじゃないんですか?」

 

「よく見ろ……!! テレビの線は全部五号棟から伸びてる……!! を辿ればとやらに辿り着くはずだ……!!」

 

「なるほど……」


 かなめは卜部の観察力に感心しながら間の抜けた声を出した。


 そんなかなめを見て、今度は卜部が目を細める。


「な、なんですか?」


「気を引き締めてかかれ……さっきの小林の様子といい、ヤマメ様とやらがお前の名前を呼んだこといい……何か臭う……」



「そのこと……わたしも気になってたんです……どうしてわたしが……」


 かなめは言い淀んでから意を決したように口を開いた。


「どうしてわたしがんでしょうか……?」


 卜部は前髪を掻き上げ何かを考え込んでから吐き出すように言った。 



「さあな……だがはおそらくの正体と関係があるはずだ……理由の答えは、奴の元に辿り着けば自ずと明らかになるだろう……行くぞかめ……!! 三号棟に向かう……!!」

 

 そう言って卜部は階段を降りていった。


 卜部の後を追ってかなめが足を踏み出すと、小林の部屋の扉が開くのが見えた。

 

 扉の隙間から顔を出した小林が、かなめに向かって手招きをする。

 

 かなめが首を傾げて声をかけようとすると、小林は唇に人差し指を当てて慌ててかなめを制した。

 

 小林の反対の手には手提げカバンが握られている。

 

 それを掲げてかなめに見せながら、小林は辺りを見回し再び手招きした。

 

 

「どうしたんですか……?」

 

 小声でかなめが尋ねると、小林も小声で答える。

 

「これを持ってお行き……」

 

 そう言って開いた手提げの中には白い服のような物が畳んで仕舞われていた。

 

「何ですか? これ?」

 

「これはね……」

 

 そう言った小林がかなめに笑いかけると同時に、四階の扉が一斉に開いた。

 

 

「これから貫頭衣だよ……!!」

 

 かなめは卜部を呼ぼうとしたが遅かった。

 

 かなめは部屋から現れた無数の人々に口と手足を押さえられ、暗い部屋の中に引きずり込まれていった。

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