ケース7 団地の立退き㉑
卜部がリモコンのボタンを押すと、ブン……と音を立てて画面に砂嵐が映し出された。
ザーザーと音を立てる画面に三人の視線が集まる。
しかしそこにはそれ以上何も映し出されることは無かった。
卜部は再びリモコンをテレビに向けてチャンネルを回した。
切り替わった場面が再び同じ様な砂嵐を映し出す。
カチ……ザー
カチ……ザー
カチ……ザー
カチ……ブゥゥゥゥン……
四度目にチャンネルを切り替えた時、画面の砂嵐が一瞬だけ大きく歪んでみせた。
歪みが元に戻ると、そこには無数のキャンドルに照らされた団地の一室が浮かび上がる。
暗い部屋の中にオレンジ色の光が揺れている。
ちょうどこの部屋とそっくりな間取りのその景色に、かなめは理由も分からず身震いした。
そっくりなのは間取りだけではなかった。
自分たちが座っていたのと同じようなテーブルと、同じようなティーセット。
食い入るように画面を見ていると、キャンドルの灯りの奥に、青白い四角い明かりが点いた。
それがテレビデオだと気付きかなめの全身にぞわ……と鳥肌が立つ。
「先生……これって……この部屋なんじゃ……?」
そう言っておそるおそる卜部に目をやると、卜部は拳に数珠を巻いて臨戦態勢に入っていた。
卜部が何かつぶやこうと口を開きかけた瞬間、画面の中のテレビデオに人影が映し出された。
「ザー……くぞ……ザザ……いでくだ……ザーました。ザザザザ……」
画面の中の人影は、声から察するに女性のようだった。
「歓……ザザザザ……いたし……ザーザザ……すよ?」
優しい声で語りかけるその声は、現実感を希薄にしていく。
「ザザ……恐れ……ザーーーー……ことは……りません……ザザ」
声の主と思われる人影は、幾重にも掛けられた薄い布の向こうから画面の手前に近付いてくる。
「死……ザザザザザザザザガガガガガガ……始まり……ザー……です」
徐々に影の輪郭が明らかになり、女が大きな傘を被っていることが分かってきた。
「ザー……共に……ザリザリザリザリザリ……小林……ザザザ……なた方も……!?」
不意に名前が出て、小林の身体が緊張で固くなるのがかなめの手から伝わってきた。
「小林さん……大丈夫です……先生がついてます……!!」
かなめが小林の背中を擦りながらそう言った時、先程までの煩わしいノイズが消えて、スピーカーからはっきりと声がした。
「かなめさん……?」
驚き顔を上げると、垂れ下がる布を押しのけて女の顔が現れようとしていた。
見ちゃだめなやつだ……
そう思ったかなめの意思とは裏腹に、目は画面に釘付けになって視線を逸らせない。
顔に掛かった薄布には女の顔の線がはっきりと浮かび上がっている。
布越しに女の唇が動き始めたその時、かなめの視線を卜部の背中が遮った。
「うちの助手に用があるなら、俺を通してからにしろ……!!」
卜部は低い声で凄んだかと思うと、直ぐ様テレビデオの画面に向かって数珠を巻いた拳を叩き込んだ。
バリィィィィィィン……!!
キイィィィィィィィィィィィィィイイイイイぇぇぇぇぇええ穢……!!
画面が砕ける鈍い音とともに、怒りとも金切り声とも取れるような悲鳴がスピーカーから響き渡り、部屋には静けさが帰ってきた。
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