ケース7 団地の立退き⑳ 後藤と吉田
「言わなくてよかったのかな……?」
運転する後藤に向かって吉田がおもむろに言った。
ぱたぱたぱた……
キュッ……ググググググッ……
キュッ……ググググググッ……
フロントガラスに雨粒が当たる音と、ワイパーの摩擦音が車内に染み渡る。
「言えるわけないでしょ……上から言わないように指示されてるんだから……」
沈黙を破って後藤が重々しく口にした。
「でも……」
すかさず吉田が口を開く。
「自分たちも祟られてるんですよ……? 卜部さんが解決してくれなきゃ……自分達も……あの人達みたいに……」
「これがあるから大丈夫だと信じるほかないですよ……」
そう言って後藤はポケットから顔を出す不気味な人形に視線を落とした。
「それに……話によれば今回の箝口令を指示したのは卜部さんの師匠らしいじゃないですか……言いつけを破ると恐ろしいことになるって……知事がわざわざ言いに来たんですよ……? 私はそのことほうがよっぽど怖い……」
再び重たい沈黙が車内に流れた。
ぎゅるるる……
ぎゅるるる……
ゴムの古くなったワイパーは耳障りな音を立てながら、フロントガラスを行き来する。
吉田はそれがひどく不吉な音のように聞こえて心細くなった。
雨脚が強くなり、杉の人工林に差し掛かった頃、とうとう雷鳴が響き稲妻が辺りを青白く照らし始める。
「言わなくてよかったのかな……」
誰に言うでもなく再び独り言ちた吉田に向かって後藤が苛立ったような顔を向ける。
「だから……何度も言わせないで下さいよ……!!」
その時だった。
「あ……あれ……」
苛立つ後藤の目に飛び込んできたのは、怯えた表情で前方を指差す吉田の姿だった。
「う、うわぁあああああああ……!!」
吉田の指差す先を見た後藤は思わずブレーキを踏み込み車を止めた。
植林された杉の立ち木という立ち木に首を括った人々の姿が見える。
彼らは一様に貫頭衣のような白服を纏っており、その顔はどれも満面の笑みを浮かべていた。
「ひ……ひぃっ……」
後藤は慌ててポケットから人形を取り出し握りしめると、それを自身の胸に押し当てた。
吉田もそれを見て慌てて人形を取り出し抱きしめる。
「後藤さん……!! ど、どうしたら……!?」
「わ、私が知るわけ無いでしょっ……!!」
二人が狼狽していると、首吊り死体たちの身体がゆっくりと林の奥に向かって回転し始めた。
まるで何かを出迎えるように死体たちは同じ方を見つめている。
「いいいいい……い行きましょう……こここここにいたら絶対ヤバい……!!」
震える吉田のその言葉に後藤は何度も頷いてアクセルを踏んだ。
死体の横を通り過ぎる時、彼らがブツブツと何かを唱えているのが聞こえてきたが、二人はそれを聞くまいと大声を出しながらスピードを上げて走り去っていった。
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