ケース7 団地の立退き⑲
「ここにはね……私以外にもちゃんと住んでるのよ……加藤さんのとこのご家族も一家で旅行に行ってる間に立退きが決まってたって怒ってたのよ?」
「中島さんだってここには大事な思い出がいっぱいあるから出ていかないって!! 森山さんだって残ってるわ……!! それなのに、どうして私ばっかり役所の目の敵にされなきゃならいのかしら……!?」
親指の爪を齧りながら一点を見据えて言う小林に、かなめは言い知れぬ恐怖を抱いた。
それでも恐る恐る思ったことを聞いてみる。
「それで……その方達は今どこに……?」
質問したかなめをじろりと睨んで小林が紅茶を啜る。
その時蛍光灯の明かりが明度を増したかと思うと、すぐにすぼむように元の暗さに戻っていった。
「個人情報だからね……教えられない……」
そう言って小林はかなめから視線を移した。
「あんたは何でここに住んでる?」
椅子に座って腕組みしていた卜部が唐突に口を開いた。
するとかなめは部屋の暗い空気が一瞬震えたような錯覚を覚える。
「……あんた……たしか霊媒師さんだったね……?」
「邪祓師だ。霊媒はしない」
卜部のその言葉を聞いた小林は、まるで言葉の意味を咀嚼するかのように閉じた口の中で歯を上下させていた。
やがてそれをやめて小さくため息を付いてからそうかと小林はつぶやくのだった。
「なんでここに住んでるかだったわね……待ってるのよ。あの子が帰ってくるのを……」
「随分昔に飛び出したきり、もうずっと帰ってこないんだけどね……それでも帰ってきた時に家が無くなってたらあの子悲しむかもしれないから……」
「だから私はここの取り壊しも反対なのよ……他にも反対してる人たちがいるんだから……私だけじゃないわ……」
「それに……」
そこまで話して小林の顔が曇った。
言いかけた言葉に後悔の尾がひらひらと付いて宙を舞う。
「それに何だ……?」
卜部の有無を言わさぬ声が仄暗いリビングに木霊した。
部屋の照明はますます暗くなり、やがて空気も冷たく重くなっていく。
「い、言えないわ……禁止されてる……」
明らかに狼狽した様子で小林の視線は部屋の中をうろうろと彷徨った。
その視線がある一点でほんの一瞬固まったことを卜部は見逃さなかった。
「やはりテレビか……」
その言葉で小林がはっと卜部を見る。
「ち、違う……!!」
慌てて否定しようとするが続く言葉が見つからない。
卜部はおもむろに立ち上がって部屋の隅に置かれたテレビデオの方へと歩いていく。
「や、やめてちょうだい……!! 勝手に触らないで……!!」
「かなめ押さえてろ……!!」
突然名前を呼ばれたかなめはただならぬ空気を感じとって、小林の手を掴んだ。
小林は一度だけかなめを振り返ったが、それ以上激しく抵抗することはなかった。
卜部は脇に置かれたリモコンを手に取ると、テレビに向けてスイッチを押した。
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