ケース7 団地の立退き⑯


 団地と団地の間には荒れ果てた駐車場が横たわっていた。

 

 ところどころアスファルトを押しのけて雑草が生えている。

 

 植え込みのツツジに至っては生い茂る雑草に覆われてほとんど本来の姿を確認できない有り様だ。

 

 数十メートル先に見える二号棟の一階部分には置き去りにされた自転車や、老人用の歩行器がひっそりと佇んでいるのが見えた。

 

「行くぞ……」

 

 そう言って卜部は屋根のついた連絡通路の方へと向かって歩き出した。

 

 先程より強くなった雨のせいか、気温が低くなったように感じる。


 ぞくりとしたかなめは思わず両手で二の腕をさすった。




 プラスチックの屋根を叩く雨の音が響く中、二人は無言のまま連絡通路の中ほどまでやってきた。

 

 奇妙な違和感を感じてかなめが卜部に声をかけようとすると、不意に生ぬるい空気の塊がかなめの頬をかすめていった。

 

 

「空気が変わった……」

 

 ぼそりと卜部がつぶやく。

 

「はい……今生ぬるい空気が……」

 

「そうじゃない……見ろ……」

 

 そう言って卜部が指差す先には先程までの薄汚れた団地ではなく、建設当時の活気に満ちた風景が広がっていた。

 

「嘘……なんなんですか……これ……?」


 驚愕の表情で卜部を見上げてかなめが尋ねると、卜部は苦虫を噛みつぶしたような顔で黙っていた。

 

 

「おそらくだ……だがそれだけでは説明がつかん……」

 

「どういうところが説明つかないんですか……?」

 

 恐る恐る尋ねると卜部は前髪を掻き上げその手で後頭部を掻きむしった。

 

 

「生きてる気配がする……とでも言っておく……」

 

 そう言って卜部は再び歩き始めた。

 

 

「い、生きてるんですか!?」

 

 質問しながらかなめは卜部の後を追った。

 

 

「そんなことあってたまるか……!!」

 

 振り向かずに唸る卜部の声には、どことなく困惑の色が混じっている。

 


 先生でも理解できない何かが起こってるんだ……

 

 そのが私を呼んでる……?


 

 雨なのか汗なのか判らない嫌な雫が首筋を伝って流れる感覚にかなめは身震いした。

 

 これ以上先に進むのが恐ろしくなる。

 

 それでもかなめは覚悟を決めて卜部の隣に駆けていった。

 

 何があってもにいると決めたのだ。

 

 卜部の袖に伸びそうになる手を堪えて、かなめは両手で顔をパンと叩いた。

 

 卜部はちらりとその様子を盗み見て怪訝そうな表情を浮かべる。

 

 

「なんだ……突然に……?」

 

「気合です……!!」

 

「ふん……かめにしてはいい心がけだ」

 

「亀じゃありません!! かなめです……!! 先生と違ってこっちは怪異だけが問題じゃありませんから……!!」

 

「また訳の分からんことを……」

 

「分からなくて結構です……!!」


              大体分かられても困るっていうか……」

 

「なんだ? 何て言った?」

 

「何でもありませんー」

 


 そうこうするうちに二人は二号棟の廊下に足を踏み入れるのだった。

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