ケース7 団地の立退き⑭


 静まり返った公園を呆然と眺めるかなめの横で卜部は目を細めて何かを探っていた。

 

 しかし卜部にも何も見つけることが出来なかったようでやがて静かに首を横に振る。

 

「何もいない……」


「で、でも……!! たしかにブランコに四人……!!」 


 かなめは驚愕の表情を浮かべながら必死に訴えた。


 卜部はそんなかなめをじっと見つめてからぼそりとつぶやく


「どうやら向こうは、お前を気に入ったようだな……逆に俺はお呼びでないらしい……」

 

「ど、どういう意味ですか……?」

 

 青い顔で尋ねるかなめに卜部は目を細めた。

 

「そのままの意味だ……理由は分からんがお前は……」

 

 そう言って卜部は岡村の部屋に置いたものと同じ水晶を取り出した。

 

「持ってろ。効果は奴の部屋で実証済みだ」

 

 かなめは水晶を受け取って小さく頷いた。

 

 しばらくじっと水晶を見つめていたが、やがてそれを注意深くポケットに仕舞う。


 それを見届けると卜部が口を開いた。 



「行くぞかめ……!! 屋上に向かう……!!」


「亀じゃありません……!! かなめです……!!」 


 頬を膨らませるかなめを無視して卜部は踵を返した。


 二人はこころなしか先程よりも歩調を速めて屋上へと向かう。

 

 しかし階段は五階の廊下で途切れており屋上に続く階段は見当たらない。

 


「屋上は無いみたいですね……?」

 

 

 横目で卜部を伺いながらかなめが言うと卜部はと人差し指で何処かを指差した。

 

 見ると廊下の天井に正方形の穴が空いており、中には埋込式の鉄の梯子がついている。

 

 

「どうやって登るんですか……? 梯子も踏み台になるような物もありませんし……」

 

 かなめが辺りを見渡して言うと卜部が小さく唸るのが聞こえた。

 

「仕方あるまい……」

 

 

 そう言ってズカズカと進む卜部が屋上へ続く穴の下でしゃがみ込んだ。


 理解が追いつかないかなめに向かって卜部が怒鳴る。


「何ぼさっとしてる!? さっさと来い……!!」

 

「はい!? え!?」

 

 戸惑いながら卜部に近づくと、卜部は何も言わずにしゃがんだまま微動だにしない。

 


「ほれ……!!」

 

「い、意味がわかりません……!!」

 

「バカタレ……!! だろ!?」

 

 

「か、肩車……!?」

 

 

 思わずかなめの声が裏返る。

 

「む、無理です……!! そんなの絶対反対です……!!」


 卜部の背後でスカートの裾を押さえながらかなめが叫ぶ。



「嫌がってる場合か……!! 体重のことなら気にするな……!!」

 

「な……!! 体重は気にしてません……!! 嫌なんじゃなくてなんです……!!」

 


 卜部は振り向いてじろりとかなめを睨みつけた。

 

 かなめも負けじと睨み返す。


 睨み合いの末卜部が大きくため息をついた。

 

「いいだろう……じゃあここにに立ってあっちを向いてろ……」

 

 

 かなめは訝しげに卜部を見ながら卜部のしゃがんでいた位置に立つと、廊下の奥に視線を移す。

 


 その時だった。

 

 

「ぎゃああああああ……!!」

 

 気が付くとかなめは背後から頭を卜部に肩車されていた。

 


「先生の嘘つき……!! 鬼……!! 悪魔……!!」

 

「やかましい……!! そんなに嫌ならさっさと梯子を掴め……!!」

 

 

 かなめは梯子に登るとスカートを押さえながら顔を真赤にして卜部に言った。

 

 

「だ、大体……!! この後先生はどうやって登るつもりなんですか……!!」

 


「こうする……ん……だ……!!」

 

 卜部はそう言って高く跳躍すると梯子を掴んで宙吊りになった。

 

 そのまま懸垂の要領で体を引き上げた卜部がかなめを見上げて自慢気に笑う。

 

 その顔に向かってかなめのジャケットが飛んできた。

 

「何をする……!?」

 

「こっちの台詞です……!! 上を見上げないで下さい……!!」

 

 

「訳のわからんことを……!!」

 

 そう言い終わらない内に再びかなめが叫んだ。

 

上を見上げないで下さい……!!」

 

 

「……」

 


 意味を理解した卜部はバツ悪そうに小さく頷くのだった。

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