ケース7 団地の立退き⑬


 

 

 岡村を残し卜部とかなめは再び部屋の外に出てきた。

 

 先程の怪異が嘘のようにと静まり返った廊下は、かえって気味が悪い。

 

 一階の廊下は二階の廊下部分が屋根の代わりになっているため直接雨はかからなかったが、から垂れる大きな水滴が地面を打って、跳ねた泥水が廊下の縁を汚く濡らしており、かなめは嫌な感じがした。

 

 それを振り払うようにして、かなめは卜部の方に目をやる。

 

「先生、岡村さん置いてきちゃって大丈夫なんですか? ずいぶん辛そうでしたけど……」

 

「ああ。あの結界はの役目もあるが、あいつを逃さんためでもある……」

 

 さらりと言ってのける卜部にかなめが非難の目を向ける。

 

 しかし卜部はお構い無しで二階へと続く階段に向かって歩き出していた。

 

 慌ててかなめもそんな卜部の後を追う。

 

 先程のように一人になった途端、怖い目に遭うのはもう懲り懲りだった。

 

 てっきり二階部分を調べると思ったかなめだったが、予想に反して卜部は二階を素通りしさらに上部へと登っていく。


「どこに向かってるんですか?」


 背中越しにかなめが声をかけた。


だ……」


 振り向きもせずに卜部が答える。


「屋上に何かあるんですか?」

 

「さあな。それを見に行くんだ」

 

 三階を過ぎて植え込みの木よりも目線が高くなると、猊下に先程通ってきた備え付けの公園が見えた。

 

 錆たすべり台や鉄棒が雨に濡れている。

 

 何となく公園から目が離せないでいると、視界の端で何かが動いたような気がした。

 

 反射的に動きを目で追うと、誰も乗っていないはずのブランコが小さく揺れている。

 

 四つ並んだブランコの左から二番目だけが、小さくゆらゆらと揺れているのだ。

 

 それはまるで小さな子供がブランコに座り、地についた足で体を前後に揺するような動きだった。

 

 

 思わず立ち止まって、かなめはごくりと唾を飲み込んだ。

 

 その瞬間卜部の背中が踊り場の向こうに消えてしまう。

 

「あっ……」

 

 慌てて卜部を追いかけようとしたかなめの耳に金属の擦れる耳障りな音が聞こえた。

 

 

 キィイイコォ……

 

     きぃぃいこぉ……

 

 キィィィ……


 

 ゆっくりと振り返ると、全てのブランコが激しく揺れている。

 


 キィイイコォオォォ……

 

     きぃぃいこぉおぉお……

 

 キィィィイイイイイ……



 どんどん揺れ幅は大きくなっていく。


 目が離せずにその様子を凝視していると、やがてブランコはと天辺のポールに巻き付き始めた。


 きゃはっははははははっははははっはは

 きゃははははっははははっはははは

 きゃはははははははははははははははははははっ……!!


 同時にけたたましい子供の笑い声が当たりに響く。


 それでもブランコは止まらない。


 ぐるん

  ぐるん

 ぐるん


 

 

 

「せ、先生……!!」

 

 ただならぬ狂気を感じてかなめは卜部に叫んだ。

 

 コンコンと急いで卜部が降りてくる音が聞こえる。

 



 どーーーーーーん……!!



 雷鳴が響き、稲妻が辺りを青白く照らした。

 

 その青白い光に照らされたブランコを見て、かなめは思わず悲鳴を上げる。



「きゃああああああああああああああああ……!!」




 そこにはポールに巻き付ききったブランコで首を吊る、四人の死体が並んでいた。


 その顔は皆一様に鬱血し、醜く歪みながらも、満面の笑みを湛えている。


 

「おい……!! 何があった……!?」

 

「ぶ……ブランコに……」


 卜部に肩を抱えられながらかなめはブランコの方を指差した。

 


 しかし指差した先にあるのは、雨に濡れる何の変哲も無い錆びたブランコだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る