ケース7 団地の立退き⑪

 

「いいだろう……」

 

 卜部はそう言うと岡村の方へと足を踏み出した。

 

 岡村は額に汗を浮かべて目を固く瞑る。

 

 

「待ってください!!」

 

 

 かなめが両手を広げて卜部の前に立ちはだかった。

 

 

 岡村は驚いて目を開く。

 

 

「いくらなんでも可哀想です!!」

 

 かなめは懇願するように卜部を見つめた。

 

 

「ええい邪魔だ!! そこを退け!!」

 

 

 卜部が煩わしそうにシッシと手を振る。

 

 

「退きません!! 祓うのは待ってください!!」

 

 かなめは卜部の目をまっすぐ見据えて言う。

 

 強い意志の宿るまっすぐな瞳。

 

 

 それを見た卜部はため息をついて腰に手を当てた。

 

 

「あのなあ…誰が祓うと言った?」

 

 

「え?」

 

 

 かなめは予想外の返答に口を開いてきょとんとする。

 

 

「そいつはまだ使える。まずはそいつの部屋を俺たちの拠点にする。わかったらさっさとそこを退け」

 

 

 かなめは口を開けたままと漏らすとすんなり道を開けた。

 

 

「だそうです!! よかったですね!!」

 

 かなめは岡村に向かって微笑むと親指を立てた。

 

 

「ええっ!?」

 

 それを見た岡村は驚愕の表情を浮かべて声を漏らした。

 

 

「行くぞ岡村。部屋に案内しろ」

 

 

 

「い、嫌だ!!」

 

 そう言って逃げ出そうとする岡村の首根っこを掴んで卜部は102号室の方へと引きずっていく。

 

 

「つべこべ言うな!!」

 

 卜部は岡村を鋭い目で睨みつけた。いつの間にかかなめも岡村の腕を掴んで卜部に加勢している。

 

 岡村は観念したのか最後には自分の足で102号室へと向かうのだった。

 

 

「言っておきますけど……すごく散らかってますからね……」

 

 そう言って岡村はため息混じりにドアノブをひねった。

 

 岡村は慣れた様子で暗がりの居間へと進んでいく。

 

 

 闇に岡村の姿が消えた瞬間、かなめの脳裏に不安がよぎった。

 

 

「罠とかじゃないですよね……?」

 

 ちらりと卜部を見上げてかなめが言う。

 

 

「ほう……亀でも罠を疑うことがあるのか……」

 

 卜部は目を細めてかなめを一瞥するとズカズカと闇の中に進んでいった。

 

 

「先生!! 亀に失礼です!! 亀だって警戒くらいします!! それにわたしは亀じゃありません!」

 

 叫びながら慌ててかなめも後を追う。

 

 

 チチチチ……パチン……

 

 

 突然天井からがぶら下がった蛍光灯が明滅して部屋に明かりが灯った。

 

 襖の奥からは岡村の声が聞こえる。

 

 

「どうぞ……なんのお構いもできませんが……」

 

 畳に置かれたちゃぶ台の前で岡村は正座して待っていた。

 

 

 四畳の和室の真ん中に置かれたちゃぶ台と、部屋の隅に置かれたアンテナ付きの古めかしいテレビ。襖の前には重ねた新聞が紐で括られ積まれている。

 

 かなめが昭和レトロの部屋を見回している間卜部は黙ってテレビの方を睨んでいた。

 

 

「テレビがどうかしたんですか?」

 

 それに気づいたかなめが尋ねる。

 

「いや……なんでもない。それより……今からここに結界を張る」

 

 

 それを聞いた岡村はがっくりと項垂れてつぶやいた。

 

 

「もう勘弁してください……」

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