ケース7 団地の立退き⑫


 

「今からここに結界を張る」

 

 項垂れる岡村を無視して卜部は部屋を歩き回り始めた。

 

 

「でも先生……この前は結界が通用しなかったんじゃ……?」

 

 かなめはおそるおそる尋ねてみた。

 

 

「ああ。塩では役不足だった。だから今回は特別性だ」

 

 

 そう言って卜部は部屋の隅に何かを安置した。

 

 かなめが近付いてみると、それは鋭利な透き通る水晶だった。

 

 

「綺麗……」

 

 思わず声を漏らすかなめに卜部は言う。

 

 

「当たり前だ。透明度が桁違いの高級品だぞ?」

 

 

 卜部はそれを部屋の四隅に設置すると音叉を取り出した。

 

 清浄な音色が部屋に響く。

 

 水晶はまるでその音を吸い込むようにゆらりと輝いて見せた。

 

 

 部屋の空気がまるで高い山の上のような澄んだ空気に変わったのを感じて、かなめは思わず深呼吸をした。

 

 対象的に岡村は真っ青な顔で何度もえづいている……

 

 

 

「石の浄化ですね!? パワーストーンのお店でやってもらったことあります!!」

 

 

 かなめは目を輝かせて卜部の方に向き直った。

 

 それを聞いた卜部は苦虫を噛んだような顔でかなめを一瞥する。

 

 

「原理が同じでもモノも扱う人間も別次元だ!! 一緒にするな……」

 

 

「何が違うんですか?」

 

 かなめは思ったまま聞いてみた。

 

 卜部は音叉を指さして説明を始める。

 

「まずはこの音叉も普通の音叉じゃない。特別な周波数の……」 

 

 

 

「あああああ!! チクチクして痛い……!!」

 

 

 岡村は突然大声を上げて卜部の説明を遮ると、水晶から最も距離のあるちゃぶ台の上に飛び乗った。

 

 

「ふむ。これは水晶の効果だ。心理的なさつになってる」

 

 

「心理的な殺ですか……?」

 

 

「ああ。霊的、概念的な存在に近いほど効果が高まる。水晶の切っ先が刺すような波動を生む」

 

 

「なるほど……」

 

 

「そんなことはどうでもいいですから!! こんなの僕は耐えられませんよ!! 死んでしまう……!!」

 

 岡村は悲壮な顔つきで体中をさすって訴えた。 

 

 卜部はやれやれと首を振ってから押し入れの毛布を取り出して岡村に投げて寄越した。

 

「これで身体を覆え。間違っても切っ先に直接触れるなよ?」

 

 

「触れるわけないでしょう!! そんなの!!」

 

 岡村は恨めしそうに卜部を睨んで毛布に包まった。

 

 

 

「最悪だ……気分は悪いし……痛いし……絶対に殺される……」

 

 岡村は二人に聞こえないように小声でブツブツと文句を言った。 

 

 

 そんな岡村を卜部は見つめてニヤリと口角を上げる。

 

 

「ほう……やはりお前達の親玉はか……」

 

 

「え……!? 何で!? 聞こえないように言ったのに!?」

 

 岡村は真っ青を通り越して真っ白な顔で口走った。

 

 

 そんな岡村の前にかなめが出ていき自慢気に答える。

 

 

「うちの先生は地獄耳なんです!! トイレに居ても絶対に聞こえてますから!! 痛ったぁああい!!」

 

 

「丁寧なご紹介のお礼だ。岡村、お前はここにいろ。俺たちは団地を調べたら帰ってくる。行くぞ亀。もたもたするな!!」

 

 

「か……かなめです……」

 

 そう言って半べそをかきながら、かなめは卜部を追って部屋を後にした。

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