ケース7 団地の立退き⑨
「お前は後ろのドアを見てろ」
「了解です……」
卜部とかなめは開け放たれた五つのドアを背中合わせになって見つめていた。
すると部屋の奥の暗がりから示し合わせたように住人と思しき人影がぬぅと顔を出した。
仄白い五つの顔は無表情でこちらをじっと見つめている。
「すごく見られてます……」
かなめが小声で卜部に報告した時だった。
ぐぁぱ……
住人達は一斉に大きく口を開くと歯を打ち鳴らして音を立てる
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
カツカツカツカツカツカツカツカツカツ
あまりの光景にかなめは身体を小さくして一歩後ずさった。
かなめの背中に卜部の背中がぶつかる。
「せ、先生……これって凄くヤバいんじゃ……?」
「ふん。あいつにしよう」
かなめの質問は無視して卜部はそうつぶやくと、102号室から顔を出す男の方へと真っ直ぐ進んでいった。
相変わらず辺りにはカツカツと不気味な音が響いている。
かなめはその様子を息を飲んで見つめていた。
卜部は男の前に立つとおもむろに男の髪を掴んで暗がりから引きずり出した。
そしてすぐさま男を床にねじ伏せてしまった。
「ぎゃっ……」
男は小さな悲鳴をあげると信じられないといった表情で卜部に目をやった。
バタン!!
ドアが一斉に閉まる音が響き周囲には静寂が戻ってきた。
一人残された哀れな怪異の男は卜部から逃げようと必死に藻掻いていたが、無情にもかなめが退路のドアを閉めてしまった。
卜部はそんなかなめをチラリと見て言う。
「よくやった亀」
「亀じゃないです。閉めたほうがいい気がして」
そんなやり取りをする二人の顔を交互に見ながら怪異は絶望の表情を浮かべて小声で言った。
「あ、あんたらナニモンだ!? ほんとに人間か!?」
「俺は卜部。こいつは亀。一応人間だ。お前に聞きたいことがある」
「い、一応!? れっきとした人間です!!」
かなめは慌てて講義を申し立てたが卜部は無視して男に話しかけた。
「今すぐ除霊されるか、質問に答えるか選べ。三秒やる」
「待て!! 待ってくれ!!」
「ひとつ」
卜部の冷酷な声が響く。
「お、俺はただここに住んでるだけだ!!」
「ふたつ」
卜部はそう言って懐に手を入れた。
「俺を消したところで何にもならないぞ!?」
「みっつ……」
卜部は懐に入れた手をゆっくり抜こうとした。
「答えます!! 答えますから消さないで……!!」
男は大声で叫んだ。
すると卜部はそのまま懐からタバコを取り出した。
「ナイフか何かが出てくると思ったか?」
卜部はそう言って妖しい笑みを浮かべるとゆっくりタバコに火を点けた。
男は呆気にとられた表情で静かに二度頷いた。
「だが言質はもらった。契約成立だ。破ればお前はただじゃすまない。お前にはもう
男の顔に煙を吹きかけながら口角を歪める卜部を見て、かなめは少し怪異の男を哀れに思うのだった。
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