ケース7 団地の立退き⑧

 

 中に入るとは言ったものの、上階の廊下がひさしになったような構造の団地にエントランスのような気の利いた空間はなく、二人は一号棟と書かれた建物の一階に向かった。

 

 奥から順に重たい鉄のドアが五つ並んでおり、ドアの上には部屋番号の書かれたプレートと名札を入れるための黄ばんだプラスチックのカバーが付いている。

 

 二階に上がる階段はちょうど103号室の扉の向正面に設けられていた。

 

 

「さて……どいつにするかな……」

 

 

 卜部は髪を掻き上げながら独り言ちた。

 

 

「何がですか……?」

  

 かなめは眉をハの字にして卜部を見やった。

 

 

「決まってるだろ。誰かに話しを聞かんわけには何も始まらん」

 

 卜部はそう言ってニヤリと口角を上げた。

 

 

「だ、誰も居ないように思いますけど……」

 

 

 かなめがそう言った時だった。

 

 

 

 こんにちわぁ・・・

 

 

 少女の声が聞こえて二人が振り返ると101号室のドアが閉まるのが見えた。

 

 

 かなめの肌が一瞬で粟立つ。

 

 

「い、今のは!?」

 

 

「決まってる。ここの住人のひとりだろう……」

 

 

「住んでるんですか……? やっぱり……」

 

 

「ああ。無数にいる。だが敵意は感じない」

 

 

 卜部がそうつぶやくと同時に、ジジジと音がして奥から順に天井の蛍光灯に明かりが灯っていく。

 

 

 

 コンコンコンコンコンコンコン……!!

 

 

 驚いたかなめが音の方に振り返ると、何者かが階段をのぼっていく気配がした。

 

 

 

「そこにいろ」

 

 卜部はそう言って階段まで歩いていくと踊り場から上階を覗き込んだ。

 

 かなめが卜部の背中を見つめて待機しているその時だった。

 

 誰かに裾を引かれた気配を感じてかなめは咄嗟に背後を振り返る。

 

 

 するとかなめの腰のあたりに小学一年生くらいの制服姿の少女が立っていた。

 

 

 おかっぱ頭の少女はかなめの目を真っ直ぐ見ながら口を開いた。

 

 

「お姉ちゃんどこから来たのぉ?」

 

 

「え……?」

 

 かなめは少女のいたって人間的な反応に戸惑って口ごもってしまった。

 

 もしかして本当に生者なのではないかとさえ思う。

 

 

「よそから来たのぉ?」

 

 少女はかなめの答えを待たず次の質問を口にした。

 

 

 その敵意の無さにかなめは安堵し、しゃがみ込んで言う。

 

 

「そうだよ。お仕事できてるの」

 

 

 

「下がれ!! 亀!!」

 

 背後から卜部の怒声が響いた。

 

 見ると少女の身体は青カビに包まれ、目からは小さなキノコが生えていた。

 

 

「他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た」

「他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た」

「他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た」

「他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た他所から来た」

 

 

 そう繰り返しながら、かなめの服を握る少女の手に力が入っていくのがわかった。

 

 子供とは思えない力で握られた服は振り払おうとしてもびくともしない。

 

 

 

「ちっ……」

 

 卜部は舌打ちすると少女に二本の指を向けた。

 

 

 ばちん……

 

 平手で打ったような音とともに少女の姿が消えた。

 

 どこかから泣き声のようなものが響いているが反響して位置はわからない。 

  

 

 

「このバカタレ!! 不用意に霊と会話するなといつも言ってるだろうが!!」

 

 卜部はかなめの前に仁王立ちになって言った。

 

 

「す……すみません……あまりに人間みたいだったもので……つい……」


 かなめはゲンコツを覚悟して固く目を瞑った。しかしどうやらゲンコツは免れたようだ。

 

 

「まったく……行くぞ亀!」

 

 そう言って卜部は101号室に向かおうと踵を返した。

 

 

 

 バン……!!

 

 

 一瞬の出来事だった。攻撃的なその音とあり得ない光景にかなめは目を見張った。

 

 

 卜部が足を一歩踏み出した瞬間にすべてのドアが音を立てて開いたのだ……。

 

 

 ちらりと卜部に目をやると、先程までと打って変わって真剣な表情で気配を窺っている。

 

 

 

「誰かが指示を出したようだな……どうやら歓迎ムードはここまでのようだ」

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