ケース7 団地の立退き⑦


 戦後の住宅難を受けて政府は集合住宅の建設に取り掛かった。

 

 これが現在の団地のもとになったと言われている。

 

 やがて団地は庶民の憧れの存在にかわり、そこに住むことが三種の神器と同様に一種のステータスとなった。

 

 やがて団地は高度成長に後押しされる形で昭和三十年代から四十年にかけて盛んに建設されたという。

 

 

 今から向かうのもそんな団地の一つだと、後藤が助手席から振り返ってかなめに説明する。

 

 

 

 郊外の山間部。

 

 曲がりくねった山道を抜けると突然開けた場所に出た。

 

 山を切り開いた空間に件の団地が静かに佇んでいる。

 

 

 山の斜面に沿うようなかたちで五階建ての細長い建物が奥から順にいくつも並んでいた。

 

 正面には子供が遊ぶための小さな公園も用意されており、色褪せた象の滑り台や錆びたブランコが雨に濡れている。

 

 

「あれは何ですか?」

 

 かなめは彼方に見える建物を指差して尋ねた。

 

 

「あれは学校です。もちろん今は廃校になっています」

 

 後藤がすかさず説明した。

 

 

「ここはもともと林業が盛んな地域でした。この団地もあの学校も林業従事者のために造られたものです」

 

 

「なるほど……」

 

 かなめは頷きながら相槌を打つ。

 

 ほどなくして車は、先程見ていた正面の公園付近に停車した。

 

 

「運転ご苦労。あんたらはここで帰ってくれ。足手まといだ……!!」

 

 卜部はそう言うと、二人に薄汚れた不気味な人形を二体投げて寄越した。

 

 

「それを肌身離さずもってろ。身代わりになってくれる……」

 

 二人はそれを握りしめると青ざめた顔で卜部を見た。

 

 

「明日の朝迎えに来てくれ。行くぞ亀!!」

 

「亀じゃありません!! かなめです!!」

 

 かなめは二人にぺこりとお辞儀をしてから卜部の後を追った。

 

 取り残された二人は顔を見合わせると、互いに頷き合ってからもと来た道へと車を走らせ去っていった。

 


 

 人気ひとけのない打ち捨てられた団地には独特の空気が満ちていた。

 

 まるで来てはならない場所に足を踏み入れたような強烈な異物感。


 どこか物悲しい匂いが鼻を突き、姦しい住人達の声が聞こえてくるような錯覚に苛まれる。


 そこにはかつての住人達が吐き出した息遣いや、生活の気配が今なおべったりと残っている気がした。

 

 

 ちらりと公園の象に目をやると、剥げたペンキと雨が相まってまるで泣いているように見えた。

 

 

 かなめはぶるりと身震いしてから足を早めた。

 

 

「先生待ってください!!」

 

 

「急げよ亀」

 

 卜部は振り返ることも、歩調を緩めることもなく団地に向かってまっすぐ進んでいく。

 

 

「先生はもう目的地がわかってるんですか?」

 

 やっと追いついたかなめは卜部の袖を握りたい衝動をぐっと堪えて尋ねた。

 

 

「いや。まったく。とにかく怪異に触れてみないことには何もわからん」

 

 卜部はそう言うと急に立ち止まった。

 

 

「ぐへっ……」

 

 かなめはそんな卜部の背中に顔をぶつけて悶絶する。

 

 

「止まるなら言ってくださいっ……!!」

 

 

「見ろ。赤龍だ」

 

 卜部の視線の先には開発で切り取られた剥き出しの山肌が見えた。

 

 

「赤龍って……?」

  

 鼻を押さえながらかなめが尋ねる。

 

 

「龍が血を流してるように見えるだろう? 不吉の兆しサインだ……」

 

 

「雨脚が強まってきた。中に入るぞ」 

 

 そう言って卜部が見上げた先には暗雲に包まれた黒ずみとひび割れだらけの団地がそびえていた。

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