ケース7 団地の立退き⑥

 

「掛けまくも畏き……」

 

 

         ビシッ……!! 

 

 

 卜部が祝詞を奏上しかけた途端、何もない空間から裂けるような音が響いた。

 

 音はかなめのデスクの斜め上空から聞こえてきた。

 

 

 卜部を含む全員の視線が音の鳴った空間に集まる。

 

 

 一瞬の沈黙があってから卜部が次の詞を口にしようとした時だった。

 

 

 ビシ……

 

       ビキビキ……

 

   ビシッ!!

 

        みチィ……!!

 

  バチィ……!!

 

 

 部屋のあちこちから物凄い音が響いた。

 

 

 

「きゃあ!!」

 

 思わずかなめは悲鳴を上げて耳を塞いだ。

 

 

 後藤と吉田も青ざめた顔を引きつらせて周囲をきょろきょろと見回しながら互いにつぶやく。

 

 

「ら、ラップ音!?」

 

「そ、そんなレベルじゃないでしょ……これ……!?」

 

 

 

 異常な音が鳴り響く中、卜部は眉間に皺を寄せつつ早口で祝詞の続きを奏上し始めた。

 

 

「掛けまくもかしこき伊邪那岐の大神……筑紫の日向ひじかの橘の……小門おでの阿波岐原に禊ぎ祓へ給ひし時に……生りせる祓戸の大神等」

 

「諸々の禍事・罪・穢……有らむならば……」

 

「祓ひ給ひ清め給へとまをす事を……聞こしせと……恐み恐みもまをす……!!」

 

 

 卜部が祝詞を唱え終わるとあたりはしんと静まり返った。

 

 

「お、終わったんでしょうか……?」

 

 メガネの後藤が口を開くと同時に部屋にけたたましい金切り声が響いた。

 

 

 

「居キョキョキョキョキョ許挙キョキョ虚キョキョキョ……!!」

 

 

 

「掛けまくも愚かきまがままが禍まがあがまがあまが人間」

 

せ食せ食せ食せ食せ食せ食せ食せ食せめぇせぇえええ!!」

 

 

 

 響き渡る悪意に満ちた声に合わせて、塩の盛られた小皿が粉々に砕け散り、窓ガラスが内側に向かって弾け飛んだ。

 

 

「うわあああああぁあぁあああ……!!」

 

 

 騒ぎの中、かなめは卜部が直立不動で部屋の一点を見据えていることに気がついた。

 

 慌ててそちらに目をやるが、かなめの目には何も映らない。

 

 

 

「いいだろう……」

 

 卜部は眼に鈍色の光を灯してつぶやくと、何もない空間を睨みつけながら手印を結んだ。

 

 

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリ!!

 ジリリリリリリリリリリリリリリ!!

 ジリリリリリリリリリリリリリリ!! 

 ジリリリリリリリリリリリリリリ!!

 

 

 突如廊下の火災報知器が音を立てた。

 

 それに合わせて天井のスプリンクラカーから大量の水が吹き出してきた。

 

 

「くそったれ……」

 

 

 ずぶ濡れになった卜部は毒づきながらスプリンクラーを睨むと、結んだ印を解いてだらりと両手を下ろした。

 

 

 

 その水からは腐ったような厭な臭いがした。

 

 

 

「先生……これって……?」

 

 かなめが恐る恐る尋ねると、卜部は濡れた前髪を掻き上げ、その手で後頭部を掻きむしりながら言った。

 

 

「ああ。もれなく全員祟りをもらった。現状では情報が足りなすぎて太刀打ちできん……」

 

 

 

「亀……!! 現地に向かうぞ……!!」

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