ケース7 団地の立退き⑤
昨日から降り続く雨のせいで、事務所の空気はじっとりと湿っていた。
卜部はその湿気が気に入らない様子で、明け方からずっと香を焚いては真言を唱え、塩を撒いてはそれを掃きを繰り返していが効果は無い。
しまいには半ば八つ当たり気味にかなめに無茶を言って寄越すのだった。
「亀!! 今すぐぞうさんを買ってこい!!」
「え!? ぞ、ぞうさんですか??」
かなめは困惑した顔で聞き返した。
「湿気を取るやつが売ってるだろ!! ありったけ買ってこい!!」
こうしてかなめが近所のスーパーを二軒ほど回って買い集めた除湿剤も、部屋の湿気を払うにはいたらなかった。
焚かれた香の煙さえ身体に纏わりつくような、酷い湿度に侵された事務所に、とうとう後藤と吉田がやって来た。
事務所の床には、赤い線で四角が描かれており、四つの頂点には白い皿と盛り塩が置かれていた。
「塩が溶ける前に手早く済ます……陣地の真ん中に座れ。座り方は楽な姿勢でかまわん」
卜部に急かされて二人は四角い陣地の中央に正座した。
それを確認すると白い神主のような装いの卜部が陣地の回りを独特な動きで歩き始めた。
儀式や危険な場所に立ち入る前にする陰陽師の歩法だったはず……
かなめは以前卜部が話していたことを思い出した。
それはつまり卜部がこれから危険な場所に立ち入ることを意味していた。
かなめは緊張の面持ちで卜部の動きを見守っていた。
「うあああああ!!」
そんな中、小太りの吉田が突然声を上げた。
かなめが吉田の視線の先を見ると盛り塩が黒く変色している。
かなめの背中にも悪寒が走った。
咄嗟に卜部を見やると、卜部もそのことに気づいている様子だった。
「誰もその場を動くな」
卜部は短くそれだけ言った。
しかし決して動きを乱さず、ゆらりゆらりと陣地の回りを巡っていく。
かなめは卜部が通り過ぎた頂点に置かれた盛り塩から黒く変色していることに気がついた。
よくよく見ると、卜部の通った後ろを濡れた裸足の足跡が追従している。
「先生……後ろに……」
「わかってる。大人しくそこにいろ……」
かなめはコクリと頷いた。
やがて部屋に満ちていたはずの白檀の香りが薄れ、生臭い瘴気があたりに漂い始めた。
卜部は二人の正面にたどり着くと慣れた手付きで袴を抑えて膝を畳んだ。
二度深く頭を下げ、ぱん、ぱんと二度手を叩く。
それを合図に部屋の空気がいっそう歪むのをそこにいる誰もが感じるのだった。
異様な気配が渦巻く中、祟の祓いが幕を開けた。
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