ケース7 団地の立退き④


 

 後藤と吉田は何度も頭を下げながら事務所を出て行った。

 

 二人に頭を下げて見送ると、かなめは卜部のもとに駆けて行った。

 

 

「あの二人に何が憑いてたんですか?」

 

 

 卜部はめんどくさそうにかなめを横目で見ながら答えた。

 

 

「祟りだ」

 

 

「えっ……!?」

 

 

 聞き返す間もなく、卜部は再び閉ざされた個室に消えていった。

 

 かなめは扉をドンドン叩きながら質問する。

 

 

「祟って!? 霊とは違うんですか!? 先生!! トイレの前に教えてください!!」

 

 

「五月蝿い!! 腹に響く……!!」

 

 

 

 卜部は少しだけ扉を開けて顔を出すと、じろりとかなめを睨みつけながら低い声で唸った。

 

 

「だいたい……誰のせいでこうなったと思ってるんだ……!?」

 

 

「先生が危険な蔵にか弱い女子を二人だけで行かせたからです」

 

 

 卜部は目を細めると中指に人指を絡ませて呪を唱える。

 

「 おん愧離鬼裏きりきり把愚南ばぐなん……」

 

 

「わあぁあああああ!! ごめんなさい!! 嘘です!! わたしが蔵を荒らしたせいです!! 呪わないで!!」

 

 

 かなめは地にべったりと伏せて降参のポーズを取った。

 

 

「最初からそうやって亀らしく地に這いつくばっていればいいものを……!!」

 

 卜部は捨て台詞を吐いてから扉をバタンと閉じた。

 

 

 

「亀じゃないです……かなめです……」

 

 かなめは地に両手を投げ出した姿勢のまま、卜部に聞こえないよう小声でつぶやいた。

 

 

「何か言ったか!?」

 

 扉が開き卜部の片目が覗く。

 

 

「いいえ。なんでもありません……」

 

 

 

 やがて水の流れる音とともに、心なしかスッキリした表情の卜部が出てきた。

 

 

 

「お前はあの二人に何も感じなかったのか?」

 

 ソファに深く腰掛けてタバコに火を点けながら卜部が問う。

 

 

「はい。まったく」

 

 

 向かいのソファに座り、膝に両手を乗せたかなめが答えた。

 

 

「俺には二人が頭と肩にべっとりとヘドロをかぶってるように見えた……おそらく雨に降られた時に祟られてる」

 

 

 

「晴れてたとしても傘が要りますね……」

 

 かなめがぼそりとつぶやいた。

 

 

 

 卜部は黙ってかなめを見ながら白い煙を吐き出すと「うむ……」と小さく頷く。

 

 

 

「それって強い祟なんですか……?」

 

 

「さあな。祓ってみないことにはわからん。まずは二人のお祓いからだ。簡単ならそれでよし……」

 

 

「簡単じゃなかったら……?」

 

 

「厄介なことになる」

 

 

 そう言って卜部は窓に目をやった。窓の向こうは隣のビルに塞がれて何も見えない。

 

 しかし卜部が窓に目をやったのとほとんど同時に雷鳴が響いて酷い雨が降ってきた。

 

 

 かなめは雷に驚き片目を閉じて身をすくめた。

 

 

 卜部はジジジと音を立ててタバコを吸うと紫煙を吐き出して言った。

 

 

 

「前言撤回だ……どうやら厄介な仕事になりそうだ……」

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