ケース7 団地の立退き③

 

「それだけじゃないんです……」

 

 小太りの吉田は青ざめた顔で続きを話し始めた。

 

 

 

 車に戻った私は、そこでさらに恐ろしいものを見ました。

 

 誰もいないはずの団地の窓に次々と明かりが灯っていったんです。

 

「な、なんだよこれぇ……」

 

 私は思わず声を漏らしました。 

 

 

 明かりがついた窓辺には無数の黒い人影が立っていました。

 

 それは部屋の奥から奥から溢れてきて、やがて窓を覆い尽くすほどになりました。

 

 

 現場から逃げ帰った私はそのことを、今一緒にいる同僚の後藤に相談しました。

 

 私のあまりの狼狽ぶりに、最初は半信半疑だった後藤もただ事ではないと感じたようでした。

 

 

 相談の結果、お祓いをお願いすることになりました。

 

 ところが……

 

 

 お祓いの日になると決まって土砂降りになるんです。

 

 さっきまで快晴だったにも関わらず、いざ祝詞をあげようと神主様が出ていくと酷い雨に見舞われます。

 

 

 それで神主様もただごとではないということで、雨の中お祓いを強行してくださったんですが……

 

 

 そこで吉田と後藤は俯いて押し黙ってしまった。

 

 

 

「死んだのか?」

 

 卜部が低い声で静かに言った。

 

 

 二人は顔を上げてこくりと頷いた。

 

 それを見たかなめの全身に鳥肌が立つ。

 

 

 

「その時の状況を詳しく聞かせろ」

 

 二人は顔を見合わせるとどちらからともなく静かに話し始めた。

 

 

 

 神主様が……突然、気が狂ったように笑い出したんです……

 

 最初は儀式の一部かと思っていたのですが、神主様は明らかに常軌を逸した高笑いをあげながら、意味不明な言葉を叫び始めました。 

 

 

「ヒノモトィズクニキェモウシタヵ!? カミョノウツリギナルハココントゥザィノシキタリデスカ!?」

 

「タカマガㇵラㇵイッカイノニンゲンデゴザイマシタ!!」

 

 

「めでたしめでたし」

 

 パン!! パン!! 

 

 

 神主様は突然、はっきりとした低い声でと言って手を叩くと、崩れるように地面に倒れてしまい……そのまま息をお引取りになられました……

 

 強制的な取り壊し案も浮上しましたが、解体業者に事故や病気が相次ぎ、すぐに取り壊し案は中止に……

 

 

 ここまで話すと二人は頭を深々と下げて言った。

 

 

「お願いします!! なにとぞ腹痛先生のお力で、団地に住むを立ち退かせてください!!」

 



 ザァー…。




 水の流れる音がした。

 

 扉を開けて外に出てきた卜部は心なしかげっそりとやつれている。


 卜部は深い溜め息をつきながら前髪を右手で掻き上げた。

 

 そのまま右手で後頭部を掻きむしり、再び深い溜め息をつく。

 

 

 後藤と吉田はそんな卜部をすがるような目で見つめていた。

 

 

「まず一つ……俺は卜部だ……腹痛先生は知らん……!!」

 

 

「し、失礼しました……!!」

 

 

「二つ……これは確実に土地神クラスの案件だ……報酬は高くつくぞ?」

 

 

「市の財政で賄える範囲でしたら問題ありません!!」

 

 

「三つ、すでにあんた達も障りを受けてる」

 

  

 かなめは二人の顔がすぅと青ざめるのが分かった。

 

 

「四つ、団地の霊を祓っても、ものは消えない。俺が引き受けるのは団地に巣食う霊の立退き依頼でいいんだな?」

 

 

 卜部は二人の顔をちらりと見た。

 

 

 どうやら二人とも身に覚えがあるらしい。

 

 青ざめた顔が今や蒼白になっていた。

 

 

 二人は顔を見合わせたあと震える声で言った。

 

 

 

「わ、私達の除霊もお願いします……」

 

 

「いいだろう。これがあんた達の除霊料だ。明日の朝、現金でここに持ってきてくれ。団地の立退き料は現場を見てから決める」

 

 

 卜部はそう言って破ったメモの切れ端を手渡した。

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