ケース6 かなめの事件ファイル


 【事件の概要】

 

 神隠しが頻発する田園の一軒家にて、泉谷張氏の後輩にあたる小川勝彦氏が行方不明となり当心霊解決センターに捜索を依頼。

 

 依頼人の希望により泉谷氏も捜査に同行することとなる。

 

 

 【家の立地と問題点】

 

 問題の一軒家は田園風景の中にぽつんと一軒だけ取り残されたように位置していた。

 

 先生曰く、風水も悪いようで「吹きさらし」とつぶやいていた。

 

 後日確認すると、運気が溜まらず過ぎ去っていくとのこと。それだけにとどまらず、本人の持つ気も吹かれて散ってしまうらしい。

 

 

 にも関わらず件の家には途轍もない残穢が残存していた。

 

 これは異常なことだという。

 

 

 【残穢】

 

 凄惨な事件や邪悪な儀式など穢を強く生じる出来事が起こった後に残った穢を指す。

 

 残穢に触れると様々な霊障や鬱症状などが生じる。

 

 (今回のケースでは悪夢)

 

 また邪視は残穢を好むとされる。

 

 

 【邪視】

 

 世界各地で見られる、呪力を眼に宿した怪異や呪いの総称。

 

 トルコやスラブ民族圏では特に重要視され、邪視除けのまじないも盛ん。

 

 嫉妬や妬みと関係するという説もある。

 

 その眼で見たものに様々な害を与える。

 

 

 【逆九重の封印・渦】 

 

 二シンクと呼ばれる地域の住民達が地蔵を用いて施した封印。

 

 儀式の方法等は不明。(なお先生は知っている模様。知る必要はないと突っぱねられた……)

 

 件の一軒家の地下に住む土地神に陰の気や残穢を押し付け、忌神に堕とした元凶となるもの。

 

 また、残穢と共鳴する特定の人間は、封印内に迷い込むと脱出することができなくなる。(神隠しの主たる要因)

 

 要石と呼ばれる地蔵の首を、先生の蔵に封印されていた忌地蔵の首と交換することで封印の効力を歪めた。

 

 

 【土地神・蛇神】

 

 弁財天の眷属で水にまつわる神様。

 

 前述の封印の影響で残穢にまみれて忌神となる。

 

 七福神(弁財天)は眷属を救うために残穢を定期的に祓いに来ていたと推測される。

 

 

 

 

 かなめはレポートを書き終えると卜部とのやり取りを思い出した。

 

 

「でもどうしてヒガシンクと二シンクは仲良く治水事業を進めなかったんでしょう? 後々のことを考えても、水を盗むより協力するほうが絶対お得だと思うんですけどね……」

 

 

「ふん……簡単なことだ。ヒガシンクの連中にだけのことだ」

 

 

「え!? どういう意味ですか!? 全然わかりません!!」

 

 

 卜部は目を細めてかなめを睨んでから、ため息混じりに話した。

 

 

「いいか、二シンクつまり西側には山がある。ヒガシンクは山から遠い。つまりだ」

 

 

「昔から高い場所には身分が上のものが住み、低い場所には劣る者が住む。高い場所は水害に強い上に、水の優先権も掌握できるからだ……」

 

 

「ここから読み取れることは何だ……?」

 

 

「……差別ですか……?」

 

 

「御名答」

 

 

 卜部はタバコに火を点けて言った。

 

 ため息のような長い紫煙が事務所の天井に昇っていく。

 

 

「だからあの婆さんもヒガシンクの連中と呼んだんだ。文献にも残らない、住民だけの暗黙のルールがそこにあったわけだ」 

 

 

「でも!! そんな昔の目に見えないもの、この現代にまで残るんですか!? 時代遅れです!!」

 

 

 卜部はニヤリと口角を上げると、鈍い光を宿した眼でかなめを見やった。

 

 

「亀、お前がこれまで遭遇してきた見えざる者たちも遥か昔から残り続けてるんだぞ?」

 

「誰にも覚えられず、知覚されることすら無い霊たちが、今もどこかに、しかし確かに佇んでいる……」

 

 

 卜部はふぅと煙を吐いてから言葉を締めくくった。

 

 

「それに目に見えない昔のもほど、強く根深く無意識の中に残るものなんだよ……」

 

 

 

 

 そこまで思い出すと、かなめはふいに背筋がぞくりとして、ノートパソコンをぱたりと閉じた。 

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