ケース6 ラッキー張さん

 

 

 事件を終えて、一行は泉谷の車で駅前のビジネスホテルに向かっていた。

 

「おお!? 卜部ちょっと待て!! 今日何曜日だ!?」

 

 泉谷が突然大声をあげた。

 

 

「金曜だ」

 

 卜部は不機嫌そうにそれだけ答えた。

 

 

「ちょっと待ってろ!! 金曜はスピードクジの日なんだよ!!」

 

 そう言って泉谷は路肩に車を停めて駅前の宝くじ売り場に向かった。

 

 卜部は窓を開けて叫んだ。

 

 

「警察官が路上駐車していいのか?」

 

 

「緊急事態だ!!」

 

 泉谷は振り向きもせずに叫び返した。

 

 

「行っちゃいましたね……」

 

 かなめは口を半開きにして卜部につぶやいた。

 

 

「ふん……」

 

 卜部は目を細めて泉谷の後ろ姿を睨むとシートを倒して目を閉じてしまった。

 

 

 

「た、大変だ……!!」

 

 しばらくすると、泉谷は興奮した様子で車に走ってきた。

 

 

「どうしたんですか!? もしかして当たった!?」

 

 かなめは後部座席から身を乗り出して、卜部を揺さぶる。

 

「先生!! 起きてください!! 大変です!! 泉谷さんクジが当たったみたいです!!」

 

 

「しーっ!! でかい声で言っちゃいかん!!」

 

 泉谷は人差し指を唇に当てて小声で言った。

 

「すみません……!! で!! いくら当たったですか……?」

 

 

 いつの間にか卜部も片目を開けて聞き耳を立てている。

 

 

「なんと最高記録だ……!! 俺はもう十二年、金曜は欠かさずクジを買い続けてる……」

 

 

「その最高記録ってことは……ついに出たんですか……!?」

 

 

「ああ……」

 

 

「三等の十万円だ……!!」

 

 

 

「……それは……すごいですね……」

 

 

 かなめの反応を見て泉谷が吠えた。

 

「おいおい!! 三等だぞ!? 十万円は安い金じゃねぇよ!? それに最高記録だ!!」

 

 

「まぁ……そうなんですけど……思ってたより額が少なかったもので……ごめんなさい」

 

 

 車内に妙な沈黙が流れた。

 

 それを破ったのは意外なことに卜部だった。

 

 

「七福神を見たからな。その御利益があったんだろう」

 

 

「え……!? じゃあわたしも買ってきます!!」

 

 

「馬鹿言うな!! あれだけ酷い穢に長時間さらされてご利益が残ってるはずないだろ!!」

 

 

「ああ……そうでした……」

 

 

 再び車内に沈黙が訪れる。

 

 

 今度は泉谷が沈黙を破った。

 

 

「ちょっと俺、馬券買ってくるわ……」

 

 

「えっ!?」

 

 予想外の言葉にかなめは思わず声が出た。

 

 

「止めてくれるな!! 男には勝負しなきゃならねぇ時があるんだ!!」

 

 そう言って車を出ようとする泉谷に卜部が言い放った。

 

 

「やめておけ。この世界の幸不幸は互いに均衡を保ってる。摂理を捻じ曲げて大きな幸運を誰かが独占すれば、それは誰かに不幸のしわ寄せとなって訪れる。それはあんたの望むところじゃないはずだ……」

 

 

 三度目の沈黙を破る者は誰もいなかった。

 

 泉谷は無言で車のドアを閉めると、ホテルに向かって車を発進させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る