ケース6 翡翠の気がかり

 

「水鏡先生……」

 

 神妙な面持ちで声をかけてきた翡翠に水鏡は目を丸くする。

 

「どしたの……? そんなに改まって?」

 

「実は気になることがあって……かなめさんのことです」

 

 

「困るよ〜? 僕を差し置いて気になる相手が女の子だなんて」

 

 水鏡は自分の腰に両手をあてて口を尖らせた。

 

 

「お黙りハゲ豚」

 

 

「ぐはっ……!!」

 

 翡翠に睨まれて水鏡は汚い悲鳴をあげる。

 

 

曲がりなりにも霊能者ですよね? エセでも何でも知識は本物だと信じたいのですが……?」

 

 

 水鏡のネクタイを掴んで翡翠が冷たい笑みを浮かべた。

 

 

「はい……腕は無いですが知識のほうはそれなりに……」

 

 それを聞いた翡翠はネクタイから手を放した。

 

 開放された水鏡はぜぇぜぇと大げさに深呼吸を繰り返す。

 

 

 呆れたように見下しながら、翡翠は椅子に座る。

 

 水鏡もこれ以上同情を誘っても何も無いのがわかると、すっと立ち上がって席についた。

 

 

 それから翡翠はかなめに起きた異変を事細かに水鏡に伝えた。

 

 水鏡はいつになく真剣な表情で黙って話を聞いていた。

 

 時折思い立ったようにメモを取りカツラの上から頭を掻く。

 

 

「どうですか……? うまく言葉に出来ませんが……いつものかなめさんとは違う、明らかに異様な雰囲気だったんです……」

 

 

 水鏡はメモを睨んでうーんと唸った。

 

 

「冴木くんはどう思ったわけ?」

 

 水鏡の真剣な眼差しが翡翠の目をとらえた。

 

 

 翡翠はごくりと唾を飲んでから一息あけてつぶやいた。

 

 

「病んでいた時代の……自分を思い出しました……」

 

 

 水鏡はメモに指を落とした。

 

 

「うん。そうだね。かなり精神的な問題も抱えてると思うよ。中でも気になるのはわたしは捨てられたから……のくだり」

 

「明らかに根拠として乏しいのに、彼女はそれゆえに自分は酷い目に遭うことを仕方ないと思ってる。捻れた罪悪感があるんだ。あるいは本当に罪の記憶がある……」

 

 

 翡翠は静かに水鏡の所見を聞きながら、何故この男はインチキ霊能者にこだわるのかと残念に思う。

 

 

「そしてもう一つ。彼女が冷たい目で地蔵に話した時の異様な雰囲気。これは本人の持つ性質じゃ無い気がする……断定は出来ないけど冴木くんの言う通り異質なものだ」

 

 

「やはり何かに取り憑かれている。ということでしょうか?」

 

 

 水鏡は再びうーんと唸ってから口を開いた。

 

 

「それなら腹痛先生が見過ごすはずは無いと思うんだけどなぁ……腹痛先生といる時はこんなことって起きたこと無いと思うし……」

 

 

 翡翠の脳裏に厭な想像が浮かんだ。

 

 それを言葉にすべきかどうか迷った挙げ句、翡翠はぼそりとつぶやいた。

 

 

「卜部先生が知ってて放置しているということは……?」

 

 

 水鏡の表情に一瞬緊張が走ったが、すぐにいつもの顔に戻って笑いながら言った。

 

 

「ないない!! だって腹痛先生、かなめちゃんにゾッコンでしょ? もし祓ってない霊が憑いてるとしたら、祓わない理由があるんだよ!! ……!!」

 

 

 そこまで言って再び水鏡の目が泳いだ。

 

 翡翠は目ざとく気がついて詰め寄る。

 

 

「何か気づいたんですね!? 教えてください!!」

 

 

「いや……これも憶測の域を出ないんだけど……」

 

 

 

 

「あるいは……祓えないのかもしれない……僕に憑いてる御屋形様みたいに……」 

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