ケース6 田園の一軒家㉞
かなめが落ち着きを取り戻したことを確認して、三人は誰からともなく地蔵に背を向けもと来た道へと足を踏み出した。
背後から聞こえる恐ろしい声に耳を塞いで三人は足早にススキ林の中へと消えていく。
「あ゛ぁあ゛ああ゛あ゛あぁあ゛あ゛あ゛」
「行ぐなぁぁああ……!!」
「儂を置いて行ぐなぁああああ……!!」
「独りは嫌だぁぁぁああああ……!!」
「あ゛ぁあ゛ああ゛あ゛あぁあぁあああああ……!!」
かなめが一瞬だけ地蔵を振り返ると、地蔵から伸びた黒い影が必死に手を伸ばすのが見えた。
しかしその手を遮るように、錫杖を持ち傘を被った八つの黒い影が空き地の中をぐるぐると回っている。
「他の地蔵に見張らせる……」
かなめは卜部の言葉を思い出して小さく身震いした。
よかった……アレと一緒にあそこにずっと囚われずに済んで……
かなめは急いで前を向き、翡翠の腕にしがみついた。
翡翠はそんなかなめの頭を無言で優しく撫でた。
気がかりはいくつか残っていたが、今はそうすることが良いように思われた。
三人がススキ林を抜けると遠くに車のヘッドライトの明かりが見えた。
「おーい!! かなめちゃんに美人のおねえちゃん!! 無事かぁあ!?」
泉谷は窓を開けて手を振りながら大声で言った。
かなめと翡翠が顔を見合わせると、ミズエがぼそりとつぶやくのが聞こえる。
「ここにもう一人べっぴんがおるだろぉがぁ……」
二人はそれを聞いてクスクスと笑った。
数メートル先に車が止まり助手席から卜部が降りてきた。
ほんの数時間の出来事だったが、初めて卜部と別行動で怪異に相対したかなめは、卜部の無事な姿と自分自身の無事に安堵して再び涙が出てきてしまう。
「ほれ!! 泣いてねぇで行け!! だーりんが待っとるだろがぁ」
ミズエは抜けてスカスカになった歯を見せてニヤリと笑った。
「だ、ダーリン……!? ち、違います!! そ、そんなんじゃないですから!!」
「ほら!! かなめさん? ダーリンが仏頂面で待ってますよ?」
翡翠もニヤニヤしながらかなめに促した。
「ひ、翡翠さんまで……!? だ、断じて違いますから!! 違いますからね!?」
かなめはそう言って何度も翡翠とミズエの方に振り返りながら、卜部のもとに駆けていった。
「よくやった。亀にしては上出来だ。直感は無事に働いたようだな」
卜部は地蔵がいるであろう方角を見て目を細めながら言った。
「はい!! 直感に従っておばあちゃんに聞きました!!」
かなめはドヤ顔で胸を張った。
「な、なに!? おばあちゃんだと!?」
それを聞いて卜部の表情が崩れる。
「聞き込みの時にヒガシンクの話をしてたミズエおばあちゃんです!!」
かなめは振り返ってミズエを指さした。
ミズエは腕組みしながら卜部を睨んで鼻を鳴らす。
「わたしの霊感じゃまったくどの地蔵かわからなかったんです。それで困ってたら先生の言葉を思い出して、直感を頼りにおばあちゃんに聞いたら大正解でした!!」
卜部は呆れて口を開きながらその話を聞いていた。
最後には前髪を掻き上げて後頭部を掻きむしり大きくため息を吐く。
「まあとにかく無事で……」
卜部は言葉に詰まり、凄い形相でかなめを睨んだ。
「亀!! お前!! 蔵にあった呪物に触ったか!?」
「あ……まずい」
かなめはつい思ったことを口走った。
「正直に言え……」
「実は……」
蔵を出る時のことだった。
何度道を変えても同じ場所に出てしまい困った二人は強硬手段に打って出た。
かなめは手近にあった棚をひっくり返してそれを盾にした。
それを盾にして出口の明かりが見える方へ向かって一直線に走ったのだった……
すると倒した呪物や曰く付きの品たちが恐ろしい声とうねりを伴ってかなめと翡翠に襲いかかってきた。
二人は全速力で出口に走り、大急ぎで蔵の扉を閉めて逃げてきたのである。
「ということがありまして……急がないと駄目だと思ったのでつい……」
かなめはおそるおそる卜部の顔に目をやった。
卜部の顔面は蒼白になっており、身体が小刻みに震えている。
卜部は天を仰ぎ目頭を摘んでから長い息をふぅーと吐き出した。
「次の仕事が決まった……」
かなめが見ると卜部は見たことのないような穏やかな笑顔を浮かべている。
「ひぃ……!!」
その顔を見てかなめは思わず小さな悲鳴を上げた。
「貴様は俺と蔵の封印のやり直しだ……!! たっぷりこき使ってやる!! ついでにその図太い霊感も叩き直してやる!! いいな!!」
笑顔から打って変わって落ちてきた卜部の雷にかなめはまたもや涙をながす羽目になった。
「ひぃいいい……ゆるしてくださいぃいい……もうあの蔵には行きたくないですぅうう……!!」
ケース6 田園の一軒家
ーーーーー完ーーーーー
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