ケース6 田園の一軒家㉝


 行きとは異なり、帰りは一本道だった。

 

 地下道を抜けて件の家の浴室に出ると、道中一言も言葉を発しなかった泉谷がおもむろに口を開いた。

 

 

「おい卜部……」

 

 

 卜部は立ち止まって泉谷の方へ振り返った。

 

 

「なんだ……?」

 

 

 泉谷は何かを決意したような顔で卜部を見据えた。

 

 

「おめぇ、いつもこんなことしてるのか……?」

 

 

「ああ。そうだ」

 

 

 卜部は素っ気なくそれだけ答えて先に進もうとした。

 

 

 

「お嬢ちゃんの前でもあんな風に霊を祓うのか?」

 

 

 泉谷の真剣な声が浴室に響いた。

 

 

 

 

「必要なら……」

 

 

 少し間が空いてから卜部はぽつりと答えた。

 

 

「あの時のお前さんは普通じゃなかった……あれは……」

 

 

 泉谷は続きを言い淀んだ。

 

 しかし覚悟を決めたように続きを吐き出す。

 

 

 

「あれは人殺しの目だった」

 

 

 

 振り向いた卜部の目は悲しいような、冷たいような、燃えているような、言い表し難い色をしていた。

 

 それを見て泉谷はさらに卜部に詰め寄る。

 

 

「お前さんが何を背負ってるか俺は知らねぇ。だがな……復讐はやめとけ!!」 

 

「俺は仕事柄たくさん見てきた。誰一人復讐をして真っ当な人生を送った奴はいねぇ……!!」

 

 

 

「俺がどう生きようと、あんたには関係ないことだ」

 

 

 そう言った卜部の両肩を掴んで泉谷は唸るようにつぶやいた。

 

 

「俺はお前を殺人罪で逮捕なんざしたくねぇんだよ……!! 卜部!!」

 

 

 卜部は泉谷の目を見たまま何も答えなかった。

 

 

 

「それに……もしお前の復讐にお嬢ちゃんを巻き込むつもりなら……」

 

 

「あの子とは縁を切れ……!! 復讐に無関係の善人を巻き込むんじゃねえ!!」

 

 

 そう言って泉谷は手を放した。

 

 手を放してがっくりと肩を落とした。

 

 

 

「亀は関係ない。巻き込むつもりもない……」

 

 

 卜部はそれだけ言うと浴室の扉に手をかけた。

 

 

「向こうが気がかりだ。先を急ごう」

 

 

「待て……」

 

 

「まだ何かあるのか?」

 

 卜部はため息混じりに目を細めた。

 

 

「今回の……いや。小川のこと、世話んなったな……恩に着る」

 

 

「俺はあんたに借りを返しただけだ。礼を言われる筋合いはない」

 

 

 

「いや。事件解決の話じゃねぇよ……あいつはお前の言葉で、警察官であることを諦めなかったんだ……俺にはわかる。あいつの心を救ってくれたことに礼を言う。このとおりだ」

 

 そう言って泉谷は頭を下げた。

 

 

 卜部は小声でああ……とつぶやくと先に行ってしまった。 

 

 

 一人残された泉谷は、小さな声で卜部が立っていた場所に向かって投げかけるようにつぶやいた。

 

 

 

「お前さんには、復讐なんか似合わねぇよ? どこまでも優しい男だろうがよ……」

 

 

 そう言ってから、泉谷は卜部の後を追ってわざとらしい仕草で駆け出した。

 

 それはまるでデカが事件現場に出発する場面を描いた映画のような仕草だった。

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