ケース6 田園の一軒家㉜

 

 普段とは異質の空気を放つかなめに翡翠はぞくりとした。

 

 地蔵の前にかがむかなめの肩に手を伸ばそうとしたその時だった。

 

 

 

「オマエモココカラデラレナイ」

 

 

 無機質な声が地蔵の方から聞こえると同時に周囲のすすきがざわざわと騒ぎ始めた。

 

 

 強烈な血の匂いがする。

 

 足元に目をやると先程までの泥濘がどす黒い赤に色を変えていた。

 

 

「えっ?」

 

 翡翠が驚いて一歩退くと、足跡からぷかりと何かが浮かび上がった。

 

 

 

「きゃああああああああああああああ!!」

 

 

 思わず叫び声を上げた。

 

 そこには大腸とおぼしき剥き出しの内臓が浮かんでいる。

 

 むくむくと節くれた灰褐色のそれからは酷い臭いが立ち込めてきた。

 

 

 それが鼻腔に達すると同時に翡翠は強烈な吐き気に見舞われる。

 

 

「うっ……おえぇええ……」

 

 

 堪えきれずにすすきの側で嘔吐しているとミズエが翡翠の背中をバシバシ叩いて言った。

 

 

「全部吐けぇえ!! 身体に陰毒残すなぁああ!?」

 

 ミズエは一定のリズムで翡翠の背中を叩きながら南無阿弥陀仏を繰り返している。

 

 不思議なことにそうして嘔吐するうちに翡翠は身体が軽くなるのを感じた。

 

 

「まだ油断すんなぁ!?」

 

 翡翠の考えを見抜いたようにミズエはそう言うと一層強く背中を叩いた。

 

 

 

「んっ……おえぇ……」

 

 巨大な塊が吐き出された。

 

 

 

 翡翠は吐き出したものを見て絶句する。

 

 

 それは生きた鮒だった。

 

 生きて動いてはいるがその目は白く濁っており、強烈な腐臭を放っている。

 

 

 

「もう大丈夫だろぉ。それよりお前ぇの連れよ……」

 

 

 ミズエの視線の先にかなめが立っていた。

 

 

 光の灯らない淀んだ目で地蔵を見つめているかなめはどう見ても普通ではない。

 

 

 

「かなめさん!! もう行きましょう!! ここから離れないと!!」

 

 

 

 翡翠が叫ぶとかなめはこちらを振り返りにっこりと笑って言う。

 

 

「どうして?」

 

 

 

 かなめの言葉に翡翠は耳を疑った。

 

 

 

「先生たちのところに行かなければ!!」

 

 翡翠が再び叫ぶとかなめは無表情になって虚ろな目でつぶやく。

 

 

「わたし捨てられたんです。だから……」

 

 

 

「ココカラデラレナイ」

「ココカラデラレナイ」

 

 

 ぐるりと地蔵の首がまわり、かなめと同時に翡翠に告げた。

 

 

 翡翠は震える足を叩いてかなめの方に駆け出した。

 

 かなめを羽交い締めにすると地蔵から無理やり引き離して行く。

 

 

「放して!! パパとママはわたしを捨てたんです!! だからわたしはここから出られないんです!!」

 

 暴れるかなめを無視して翡翠は力の限り引っ張った。

 

 しかしかなめもあらん限りの力で抵抗する。

 

 

「やめれぇええ!!」

 

 

 ミズエはそう叫ぶとかなめに近づき頭を優しく抱きかかえた。

 

 

「お前ぇは捨てられてねぇ」

 

 

 髪を撫で付けるようして何度もかなめの頭を撫でるミズエ。

 

 その一撫でごとにかなめの目から大粒の涙が溢れた。

 

 

 やがてかなめは声を上げて咽び泣いた。いつしか涙は真っ黒な墨に変わり、嗚咽とともに黒い生き物を吐き出し始めた。

 

 

「全部出せぇ。我慢すんなぁ」

 

 

 ミズエにあやされながらかなめは黒い涙とヌメヌメとした黒いオタマジャクシを吐き出し続けた。

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