ケース6 田園の一軒家㉚

 

 

 凄惨な光景だった。

 

 泉谷は両目を見開いて血に染まる卜部を見つめていた。

 

 返り血に塗れた卜部は、無表情のまま邪視の眼から生えた腕を引きちぎっていく。

 

 

「唖々嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼亜……!!!!」

 

 

 達磨になった邪視は抵抗する術もなく痛みに叫び声を上げながらのたうち回った。

 

 

 邪視の口からは呪詛の言葉が数珠繋ぎに溢れ出た。

 

 その声は泉谷や被害者達の耳から染み込み、骨髄を震わせどうしようないほどの希死念慮を生む。

 

 

 しかし卜部はそんなものはお構いなしに邪視の手を一心不乱に引きちぎっていく。

 

 

 やがて邪視は呪詛を紡ぐ力も尽きてぐったりと地面に伏して動かなくなった。

 

 

 ひゅう……ひゅう……と浅い呼吸の音だけが、静かな地下で嫌に大きく聞こえる。

 

 

 卜部はそんな邪視に一切の憐れみをかけることなく、血が溢れた眼孔の奥に右手を差し込んだ。

 

 

 断末魔が響く。

 

 

 耳を塞ぎたくなるような悲痛な叫び。

 

 

 それもやがて枯れ果てて、邪視はぴくりとも動かなくなった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 返しゃんせ……返しゃんせ……

 

 我に血飲ませ返しゃんせ……

 

 供物の臓物添えしゃんせ……

 

 臍緒で首を絞めしゃんせ……

 

 返しゃんせ……返しゃんせ……

 

 

 

 かなめの腕の中で地蔵の首は何の抑揚もない声で延々と繰り返す。

 

 それに呼応するようにススキの向こうで黒い影たちが経を読む声が聞こえる。

 

 

 とうとう赤ん坊の泣き声が降りしきる雨の中に聞こえ始めた時、かなめは地蔵の首を脇に置いた。

 

 

「行きます……」

 

 そう言ってかなめは翡翠からバールを受け取り地蔵の前に立った。

 

 業の深さを犇犇ひしひしと感じる。

 

 手には厭な汗が滲む。

 

 地蔵の首を意図的に落とすなど、どれほどの呪いを受けるか分かったものではない……

 

 それも曰く付きの地蔵の首を……だ。

 

 

 それでもかなめは件の家に入って行った卜部の背中を思い出し、振り上げたバールを勢いよく振り下ろした。

 

 

 一度。

 

 悲鳴が聞こえた気がした。

 

 

 二度。

 

 怒声が響き渡った。

 

 

 三度……。

 

 呪いの言葉とともに地蔵の首が地に落ちた。

 

 

 振り返ると青ざめた翡翠とミズエの顔が目に飛び込んできた。

 

 

「かなめちゃん……?」

 

 心配そうに翡翠が尋ねる。

 

 

「ハァ……ハァ……大丈夫です……!! これでミッションクリアです!!」

 

 

 かなめは満面の笑みで答えた。

 

 その頬は血の飛沫で汚れていた。

 

 

 翡翠はその姿に言い知れぬ不安と恐怖を感じた。感じたが何も口にすることが出来ず、ただただ頷いた。

 

 

 土砂降りの雨はかなめの頬に付いた血を洗い流し、まるで何事も無かったかのように静寂が訪れるのだった。

 

 

 かなめはニヤつく地蔵の首を持ち上げると、静かに首の無い地蔵の身体に乗せて手を合わせ、冷たい声でつぶやいた。

 

 

「あなたはもうここから出られないのよ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る