ケース6 田園の一軒家㉙

 

「半刻待つ」

 

 主はそう言って長い舌を伸ばし舌舐めずりした。

 

 

「寛大な措置に痛み入ります」

 

 卜部はそう言って再び頭を下げた。

 

 

「寛大? 何か勘違いしておるようだな……」

 

 

 主は意地の悪い光を眼に灯してニタリと嗤った。

 

 

 

「ひぃ……」

 

 

 被害者たちの小さな悲鳴が響いた。

 

 

 顔を上げるとそこには邪視が立っていた。

 

 卜部の封印のせいか、邪視の身体には所々にむごたらしい傷跡が見える。

 

 邪視は怒りで身を震わせ今にも飛びかかってきそうな勢いだった。

 

 

 

「貴様一人いればあとの者に用はない。今から掃除をする。守りたければ守ればよい。それに……」

 

 

 

「邪視に殺されるようなら貴様にも用はない」

 

 

 卜部はすっと立ち上がり、泉谷にお守りを投げて寄越した。

 

 

「被害者たちと固まって隅に行っててくれ……」

 

 

 

「勝てるのか……?」

 

 

 泉谷は不安げに卜部の背中に声をかけた。

 

 

 卜部は一瞬だけ泉谷に振り返ってニヤと嗤った。

 

 

 その眼はギラつき残酷な光を灯していた。

 

 

「心配するな。こっちが本領だ……亀が来るまではこれで食ってた」

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ミズエは一体の地蔵の前で足を止めた。

 

 ススキの群生する藪の前で地蔵は雨に濡れながら安らかな表情を浮かべている。

 

 

「かなめさん。さっき来た時は何も感じなかったんですよね……?」

 

 翡翠が心配そうに耳打ちした。

 

 

 

「はい……今も何も感じません……」

 

 

 かなめも不安げに返した。

 

 

「お前ぇら何突っ立ってんだ!? 行くぞ」

 

 老婆はそう言うとススキの藪を掻き分けて奥へと進んでいく。

 

 

「み、ミズエおばあちゃん!? このお地蔵じゃないんですか!?」

 

 かなめは慌てて後を追いながら尋ねた。

 

 

 ミズエはちらりとかなめに眼をやると、すぐ様フイと前を見て言う。

 

 

「お前ぇもアレには何にも感じんのじゃろが……? 分かり切ったこと聞くな!!」

 

 悪戦苦闘しながらススキを掻き分け進むうちに、三人はずぶ濡れになっていた。

 

 チクチクと肌を刺す鋭い藪と泥濘ぬかるんだ足元。

 

 どこかから漂ってくる獣の糞尿の臭い。

 

 

 不快な感覚に追い打ちをかけるように、かなめの腕の中では地蔵の首が存在感を増していく。

 

 

 やがてそれは誰の耳にも明らかな声で嗤い声を上げ始めた。

 

 それに呼応するかのように、ススキの壁の向こうに無数の人ならざる者たちの気配を感じる。

 

 

 三人は肩を寄せ合って黙々と進んだ。

 

 ぬとぬとぬと。

 

 ぬとぬとぬと。

 

 ぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬと

 ぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬと

 ぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬとぬと

 

 

 泥濘を進む足音がすぐそこまで迫ってきた時だった。

 

 三人はススキ林を抜けて開けた空間に出た。

 

 

 そこに一体の地蔵があった。

 

 

 地蔵の周りには草木の一本も生えておらず、不気味な泥濘が円形に広がっていた。

 

 

 

「アレじゃよ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る