ケース6 田園の一軒家㉗

 

 突如狭苦しかった天井が開けて卜部と泉谷は広い空間に這い出した。

 

 胸を締め付けていた圧迫感から開放され、二人は何度も大きく息を吸う。

 

 しかし息を整え辺りを見渡せど、ライターの頼りない明かりは闇に餐まれてどこにも届かない。

 

 

 それでも卜部は深い闇の一点を見据えて動きを止めた。

 

 

「おい……卜部……何か感じるか……?」

 

 

 

 

「ああ。何人もいる……」

 

 

 

 

 ぞわっ……

 

 

 その言葉で泉谷の全身が総毛立つ。

 

 暗闇で蠢く何人もの白い人影を想像して泉谷の肩に力が入った。

 

 嫌でも思い出す邪視や目から耳が生えた子供の姿。

 

 

「今から勢至菩薩の権能を借りて明かりをつける……自信がないなら目を閉じててくれ」

 

 卜部はそう言い終えると静かに真言を唱えた。

 

 

「智慧の光で無明を照らしたまえ……オン サンザンザンサク ソワカ……」

 

 

 

 すると卜部の手に持った小さなライターの明かりが、チリチリと音を立てて周囲の闇を打ち消していく。

 

 

 信じられない光景を目の当たりにして泉谷は目を丸くした。

 

 

 

「言っておくが、ここじゃなきゃこんなことは出来んぞ? 超常が支配するここだからこそ出来る芸当だ」

 

 泉谷の考えを読んだかのように卜部はつぶやいた。

 

 

「それにしたってよぉ……」

 

 

 泉谷が感嘆の声を漏らしたその時だった。

 

 

 

「その声……もしかして泉谷さんですか……?」

 

 

 唐突な呼びかけに泉谷の身体が跳ねた。

 

 声の方に目をやると、そこには行方不明になった小川巡査らしき人影が立っていた。

 

 

 よく見るとその背後には他の不明者達が隠れているようだ。

 

 行方不明者達の周りには闇が霞のようにかかっており、はっきりと姿が見えない。

 

 

 

「お、小川か!? 無事だったのか!!」

 

 泉谷はそう言うと一歩踏み出した。

 

 

 

「来ないでください!!」

 

 

 小川が大声を出したので、泉谷の足が止まる。

 

 

「来ちゃ駄目です……きっと怖がらせてしまうので……」

 

 小川は消え入るような声でつぶやいた。

 

 

「馬鹿野郎!! 俺たちは、お前や行方不明になった被害者の方々を助けに来たんだ!! 今更怖いなんてあるか!!」

 

 

 それを聞いた小川はしばらく押し黙った後に、霞の中から一歩一歩と踏み出してきた。

 

 

「僕たちはここから出られません……ずっと闇の中に居るしかないんです……」

 

 

 足元から徐々に小川の姿が露わになっていく。

 

 埃や土で汚れた制服は行方不明になった日からの時間の経過を物語っていた。

 

 

「大丈夫だ!! 専門家を連れてきてる!! 凄腕だ!! 一緒に外出よう!! な?」

 

 

 泉谷は犯人に自首を勧めるような口調で小川に声をかけた。

 

 それを聞いた小川はしばらく小刻みに肩を震わせてから最後の一歩を踏み出した。

 

 

 小川の顔を覆っていた黒い霞が消えると同時に、泉谷は息を飲んだ。

 

 

「ぐぅっ……」

 

 

「分かったでしょ……? どうしたって僕は暗闇から抜け出せないんです……」

 

 

 

 すっぽりと黒く空いた眼孔から血を流しながら、小川は無い目で泉谷を見つめた。

 

 

 頬に流れる二筋の血が、泉谷にはまるで泣いているかのように見えた。

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