ケース6 田園の一軒家㉖
まるでガダルカナルだかビルマだかどっかの死の行軍みたいだ……
泉谷は腹ばいで進みながらふとそんなことが脳裏によぎった。
奥からは生臭いような、硫黄臭のような酷い瘴気が漂ってくる。
それと同時に、邪視とは比べ物にならないほど強烈な、肌を突き刺す残穢の気配が色濃くなった。
そんなことを考えていると突如泉谷の胸の中に得体の知れない恐怖が湧き上がってきた。
このまま永遠にこの薄暗い穴蔵から出られなかったらどうする……?
息が苦しくなった。
壁が迫ってくるような錯覚に陥る。
懐中電灯の明かりがチカチカと明滅した。
「ああっ!! き、消えるな!! おい!!」
泉谷が思わず叫ぶと同時に明かりが消えた。
「わあああああ!! 卜部!! 卜部!! そこにいるか!? 卜部!!」
しかし卜部からの応答はない。
「お、おい!! ドコ行った!? 卜部!! 息が出来ない!!」
半狂乱で這って進むと壁に頭をしこたまぶつけて泉谷はうめき声をあげた。
「み、道が無い!! う、うらべえええええ!! 何処だ!! 置いていくな!!」
突然右側に明かりが灯った。
「張さん。落ち着け。深呼吸だ」
通路は直角に右に折れていた。
そこにライターを掲げた卜部の足が見える。
卜部の声にも憔悴の色が滲んでいた。
「す……すまん……出口はまだか?」
弱々しい泉谷の声が暗がりに吸い込まれていく。
「気配が近い。もうすぐだ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ヒガシンクの連中はよぉ、水泥棒だよ……」
ミズエは独り言のようにつぶやきながら傘をさしてかなめ達の前を歩いていた。
「ミズエおばあちゃん、それってどういう意味ですか?」
かなめはミズエの隣まで駆けて行って尋ねる。
「ここはなぁ、酷でぇ砂地なんだよ。川も地下に潜っちまってよぉ? 砂利が転がるばっかしだよ」
「だから昔っから水利権のぉ奪い合いだよ!? ウチら二シンクは皆でぇ銭ぃ出し合って深井戸掘って水路ぉ作った!!」
「ヒガシンクの連中はビタ一文たりとも出さなんだ!!」
「それなのによぉ、あいつらぁ夜な夜なポンプぅブチ込んでよ!! ウチらの水盗んでやがったんだぁ!!」
ミズエは目をギラギラと光らせ、まるで昨日のことでも話すかのように真新しい怒りを露わにして叫んだ。
「ウチらも頭に来てよぉ、男衆が夜寝ずの番して水路を守った」
「そしたら奴らなんて言ったと思う!? 水の独り占めは良くないとか抜かしやがったぁ!!」
「銭も人手も出さんお前らにやる水はない!! そう言ってやったら、あいつらぁ酷い干ばつに遭ってなぁ……」
ミズエの顔に暗い影が落ちた。
そして低い声で小さく続けた。
「女子供も、爺様婆様も大勢死んだ……」
それを聞いた二人の背中に寒いモノが走った。
かなめは腕の中で地蔵がびくんと脈打つのを感じた。
「やつらとうとう、ゆるしてくれぇ、ゆるしてくれぇって泣きついてきやがったぁ……」
「詫びの印に地蔵を九つお供えするって言ってなぁ……」
「それがあのお地蔵様ですね……」
かなめは静かに相槌を打った。
「ああ。だがな……ウチの連中は気がついてねぇが、アレはロクでもねぇ代物だ……」
「アレが来てから水の味がおかしくなったしぃ、人や物が消えるようになった……だぁれもウチの言うことなんか信じねぇがな!!」
雨に混じってバタバタと気味の悪い感触が傘を叩いた。
どうやらミズエにもソレは聞こえたらしく、不意に傘を見上げた後、ミズエは振り返る。
「お前の持ってるソレぇ……ソレも大層ロクでもねぇ代物だな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます