ケース6 田園の一軒家㉕
ヒーロ人形はリビングの扉の前で立ち止まると、ぐるりと首を捻って卜部に訴えかける。
「ここらしいな……」
目をギラつかせて泉谷が言った。
いくつもの扉を素通りして、やっと人形が反応を示した扉。泉谷の期待は否応なしに高まっていた。
カチャ……
扉を開くと、例に漏れず時が経ち薄汚れたリビングが広がっていた。
すでに何度も見た光景に泉谷は少しがっかりした。
足元にはかつて張られたであろう鈴付きの糸が絡まって垂れている。
人形はその糸に触れぬようにしながら、再びクネクネと歩き出した。
泉谷が一歩踏み出そうとした瞬間だった。
ガシッ……!!
待てという言葉とともに卜部に強く肩を掴まれた。
「イテテテ……おい!! なんだってんだいきなり!?」
「待てと言ってる……」
卜部は人形の動きを凝視したまま、泉谷の方には見向きもせずに答えた。
泉谷も卜部にならって人形に目をやったが、先程までと変わった様子は無いように思われた。
「特になんにもかわらねぇじゃねぇかよ……?」
卜部はちらりと泉谷を見てからフッと口角を上げた。
「ベテラン刑事さんが聞いて呆れるな……」
「な、なんだとぉ!?」
「俺たちは致命的なミスを犯してた。あの人形の動きをよく見てみろよ」
人形はゆっくりゆっくりと、糸に絡まぬように糸をかわしながら台所を目指して邁進していた。
その健気な姿と、人形が放つ強烈な寂しいという念は、泉谷の胸に憐れみさえ引き起こすほどだった。
「床の糸に足を取られねぇように一生懸命歩いてるじゃねぇか。なんだか胸が熱くなるよ」
そう言ってから泉谷は、自分の言葉ではたと気がついた。
「そうだ。あの糸の先は行方不明者達の耳に今も届いてる……!!」
「人形を追うぞ。くれぐれも糸に触らないように」
二人は足元の糸に触れぬように慎重に人形の後を追った。
人形は台所のシンクの下に備え付けられた戸棚の前で振り返った。
「張さんもう一度念を押しておく。おそらくこの先に主がいる……」
そう言う卜部の額には汗が滲んでいた。
「主の正体はこの地の土地神だ。だが地蔵の結界のせいで禍土地になった影響で相当酷く陰化してる」
「何を見ても叫んだり、パニックになったりしないでくれ。土地神相手では俺もあんたを守り切る自信がない」
泉谷はこれほど緊張している卜部を見るのは初めてだった。
それだけに相手がどれほど強大なのかが伺い知れる。
泉谷は静かに頷いた。
「それと……交渉も無しだ。主とは俺が話す」
そう言って卜部は戸棚の扉に手をかけた。
戸棚の中には先の見えない狭い通路が延びていた。
部屋に入る度に戸棚の中は何度も確認したが、一度も現れたことの無い通路だった。
二人は腹ばいになって暗くて狭い通路の奥へ奥へと進んで行った。
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