ケース6 田園の一軒家㉔

 

 

 錆びて穴だらけになった波板の屋根をガツガツと大粒の雨が叩いた。

 

 降り出した雨が奏でる酷い騒音をまぎらわせるために老婆はテレビの電源を入れてボリュームを大にした。

 

 

 どうでもいい内容を垂れ流す情報番組。

 

 それなのに大層重要なことでも聞いたかのように、皆がわざとらしい表情を作り、嘘くさい笑い声をあげている。

 

 

 その光景が老婆の不快感を殊更に煽ったが、老婆はふんと鼻息を鳴らして不愉快極まりない気持ちを吹き飛ばした。

 

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 

 まったくどうでもいいことだよ!!

 

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 

 奴らは馬鹿面引っ提げて、毎日おんなじ繰り返しじゃないか!?

 

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 

 ああそうさ!! そうと解ってても孤独よりはマシで点けちまうんだ!!

 

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 

 

「五月蝿いよ!! お黙り!!」

 

 

 老婆は振り向き笑い声の主に怒鳴った。

 

 しかしテレビはいつの間にかニュース番組に切り替わっており笑い声は聞こえない。

 

 

「ああ……?」

 

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ

 

 

 部屋の壁紙や畳に染み付いたような嗤い声が薄闇から響いてくる。

 

 老婆はその薄闇に向かいジリジリと足を踏み出した。

 

 

 

 ドンドン!!

 

 

「ぎゃあ!!」

 

 

 突如鳴った玄関扉を叩く音に老婆は思わず声を上げた。

 

 

「ごめんくださーい!!」

 

 

 聞き覚えのある若い女の声に老婆は安堵と怒りを込めて大声で叫んだ。

 

 

「なんでええええええ!?」

 

 

 

「万亀山かなめです!! お話を聞かせてください!! ヒガシンクの話です!! 早くしないと大変なんです!!」

 

 

 ドスドスと床を踏み鳴らしながら老婆は玄関へと向かった。

 

 途中に寄った台所で腹いせに脅かすための包丁を引っ掴むと渾身の形相を浮かべて玄関の引き戸を開いた。

 

 

「ぎゃああああああああああああああ!!」

 

 

 老婆は引き戸を開けるやいなや叫び声を上げた。震える手からは包丁が滑り落ちる。

 

 

 この前会った若い女と、もう一人知らない若い女がおぞましいを抱えて玄関口に立っている。

 

 見るからに生首のようなには濡れた半紙がピッタリと張り付き、輪郭がくっきりと浮かび上がっていた。

 

 濡れ紙一枚隔てた向こうに邪悪な笑みが透けて見える。

 

 

 それは黒い涙を流しながら、途轍もない悪意を込めて嗤っていた。

 

 

 

「なんちゅうもんを持ってくるんじゃ!! おめぇらああ!!」

 

 

 その時かなめと翡翠は老婆の手から落ちた包丁に視線が釘付けになっていた。

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