ケース6 田園の一軒家㉓
「おい卜部……気になってんだが……さっきからずっと同じとこぐるぐる回ってんじゃねぇか……?」
もう何度目かもわからないリビングの扉を閉めながら憔悴した声で泉谷がつぶやく。
そんな泉谷を見もせず卜部はこともなげに答えた。
「そうだ」
「なっ……!? なんだと!?」
「同じ空間を回り続けてる。いや。回らされている。ここの主にな」
「い、いつから気づいてたんだ!?」
「三週目くらいだ。気づいたからとて出来ることはない。向こうの気が済むまで回り続けるだけだ。回るのやめれば、向こうはこちらに興味を失う。そうなればどうすることも出来ん」
そう言って卜部は子供部屋の扉を開いた。
中には何度も見た埃を被ったおもちゃ箱と勉強机、そして小さなベッドがあるだけだった。
扉を閉めて歩きだした卜部の後ろを泉谷はとぼとぼと付いていく。
泉谷は通り過ぎざまに扉に掛かったネームプレートに目をやった。
「ぎゃはっはははっははははは!!」
「うわああぁぁぁああああ!!」
泉谷は驚いて腰を抜かした。
勢いよく開いた扉から小さな男の子が笑い声をあげて飛び出し、背後の闇の中に走り去っていった。
「あいつを追うぞ!!」
泉谷を引っ張り起こして卜部が走っていく。
「ま、待て!! 卜部!! アレはなんだ!?」
泉谷が卜部を呼び止めた。
「急げ!! 見失う!!」
怒鳴る卜部に泉谷は手のひらを見せながら言う。
「あ、あいつは人じゃなかった……」
「邪視の仲間だ……俺は見た……!! 目玉が無かったんだ……それに……目玉のあるはずのそこから……」
「そこから耳が生えてた……」
それを聞いた卜部の目からすぅと光が消えた。
悲しみとも怒りともとれない暗い瞳に泉谷が映る。
卜部は静かに口を開いた。
「そう。あれは人間だった者だ……」
その言葉に泉谷は息が詰まった。
「まさか……」
「そうだ。アレがあんたが探して救おうとしているここで行方不明になった者の成れの果てだ」
唇を噛み締めて俯く泉谷に卜部は再び声を掛ける。
「急ぐぞ。アレを追いかける……」
「だが……俺のせいで見失っちまった……すまん」
肩を落とす泉谷を無視して卜部は子供部屋に入っていった。
部屋に入るなりおもちゃ箱からソフトビニールのヒーローを取り出し両手で掴むと目を閉じて意識を集中する。
「何やってんだ……?」
「こいつに案内させる」
「正気か……?」
「コレにはさっきの子供との
「できるのか……!? そんなことが……!?」
「うるさい黙れ!!
卜部は自身の御度を練り上げ念を形作ると、その念を
「会いたい……」
「会いたいよ……」
「遊んで……」
「もっと遊んで……」
卜部は声に出してつぶやき始めた。人形になりきり悲痛な声を出す卜部を泉谷は怪訝な表情を浮かべながら黙って見つめていた。
置いて行かないで……
さみしい……
僕を連れて行って……
さみしいよ……
どこに行ったの……?
泉谷は異様な光景と聞こえてくる声に寒気が走った。
明らかに卜部の声とは異なる声が卜部の方から聞こえてくる。
卜部が静かに人形を床に置くと、それはまるで自分の意思を持つかのようにくねくねと足を動かして闇の中へと歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます