ケース6 田園の一軒家㉑

 

 石段を降りていくとそこには奇妙な空間が広がっていた。

 

 まるで螺旋を描くように暗い回廊が続いている。

 

 淀んだ御度おどが漂う暗い地下の回廊で、壁に手を付きながらライターの明かりだけを頼りに二人は彷徨う。

 

 

 途中、土の壁に突如現れる扉を開くと中には荒れ果てたリビングや子供部屋が広がっていた。

 

 その間取りは地上の家と同じものだった。

 

 間取りだけではなく家具や調度品も先程見たものとそっくり同じものが置かれていた。

 

 

 ただ異なるのはいくつも年月が流れたかのような劣化の形跡。

 

 

 主を亡くして歳をとったような気味の悪い部屋をいくつも調べたが、行方不明者達の手がかりは見つからない。

 

 

「待て卜部!!」

 

 何度目かのリビングで泉谷が突然テレビボードに向かって駆け出した。

 

「何か見つかったのか?」

 

 泉谷は顔だけ振り向くとニヤリと笑い、懐中電灯の明かりで自身の顔を下から照らした。

 

 

「うらめしや〜」

 

 

 そう言っておどける泉谷に卜部は目を細める。

 

 

「ギャグは零点だが、懐中電灯は満点だな」

 

 

 愉快そうにくくくと笑う泉谷と仏頂面の卜部は部屋をあとにして、再び暗い地下の回廊を彷徨うのだった。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「こ、こ、これどうしましょう……!?」

 

 生暖かい地蔵の首を抱えながらかなめは翡翠を見た。

 

 地蔵の目からは黒い涙がとめどなく流れてぽたぽたと地面に黒いシミを作っている。

 

 いかにも高そうな翡翠の車にこんなものを持ち込むのは気が引けた。

 

 それゆえのである。

 

 

「そんなのいいから早く乗って!!」

 

 かなめの心配などお構いなしに翡翠は運転席に飛び乗ってエンジンを吹かした。

 

 地蔵を抱えたかなめも遠慮がちに助手席に乗りこんだ。

 

 

 シートベルトを閉めると翡翠は猛スピードで車を飛ばした。

 

 一刻も早く蔵から離れたかったのもその理由の一つだった。

 

 

 あんな恐ろしいところには今後一秒たりとも近づきたくない……

 

 

 翡翠は心のなかで静かにそう誓うのだった。

 

 

「かなめちゃん……」

 

 

「なんでしょう……?」

 

 

「私は水鏡先生の助手でよかったです……」

 

 

「はい……」

 

 

 二人の脳裏に出口までの記憶が蘇る。 

 

 二人は同時にぶるりと身震いした。

 

 

「かなめちゃん……」

 

 

「なんでしょう……?」

 

 

「卜部先生の助手……頑張ってね……」

 

 

「はい……でも……」

 

 

「でも……?」

 

 

 かなめはぎゅっと地蔵を抱く手に力を込めて言った。

 

 

「わたしは卜部先生の助手でよかったです……!!」 

 

 

 ふたりは緊張がほぐれたせいもあってか声を出して笑った。

 

 

「お互い、厄介な先生を持つと大変ですね……」

 

 目尻の涙を拭いながらかなめが言う。

 

 

「ほんと!」

 

 くすりと笑って翡翠が答えた。

 

 

 

「かなめさん……」

 

 

「なんでしょう……」

 

 

 

 

 

 

「その地蔵……嗤ってない……?」

 

  

 急に背筋に冷たいものが走り、かなめが視線を落とすと、地蔵から溢れた黒い水が足元に水溜りを作っていた。

 

 

 

 げらげらげらげらげらげらげらげら

 

 

 いつしか狭い車内には遠い耳鳴りのように地蔵の嗤い声が充満していた。

 

 

 

「急いだほうがよさそうです……」

 

 

 ぽつりとつぶやくかなめの声に、翡翠は黙って頷き、アクセルをさらに強く踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る