ケース6 田園の一軒家⑳
「どういうことだよ? 目が見えないって?」
泉谷が顔をしかめた。その表情には驚きと恐怖、そして不明者達の安否を気遣う警察官としての矜持が見え隠れした。
「そのままの意味だ。今は詳しく話してる時間がない」
卜部はそれだけ言うと糸が切れた跡を辿って歩きだした。
それはつまり邪視が来た道を辿るということだった。
そのことに気がついた泉谷は先程卜部が口にした邪視より恐ろしい者の存在を思い出し、一度は緩んだ緊張の糸を再びピンと張り直すのだった。
「ここか……」
暗い脱衣所に風呂場からの光が薄っすらと差し込んでいる。
卜部が手を掛けると、中が透けて見えないプラスチック製の扉がパタパタと音を立てながら蛇腹状に開いた。
もう随分使われた形跡の無い風呂場は乾燥しきっていて埃っぽい。
扉が開き空気が動いたために舞い上がったホコリが、格子付きの窓から差し込む西日に照らされチカチカとその存在を主張していた。
泉谷には何の変哲もないただのユニットバスに思えたが、ちらりと卜部の横顔に目をやると額にうっすらと冷や汗が滲んでいるのわかった。
「おい……大丈夫か?」
泉谷がぼそりとつぶやく。
「浴槽の下は調べたのか?」
卜部はその問いには答えずに逆に泉谷に問いかけた。
「浴槽の下だぁ? ばか言え!! ここはユニットバスだぞ? 取り外して何か隠したり出来るわけ無いだろ!! それに家の床下は何度もさらってる!!」
「そうか……ならこれは何だ?」
卜部は浴槽の中を指さした。
ごくりと唾を飲んで泉谷が覗き込むと、浴槽の底が消えていた……
そこには本来あるはずの底の代わりに先の見えない真っ暗な穴が口を開いており、ごつごつとした石段が穴の奥へと続いていた。
「な……なんだこりゃ……!?」
泉谷は後退りした拍子に床に落ちていた風呂桶に躓き尻もちを付いた。そして天井を目にして悲鳴をあげる。
「うわああぁああああ!!」
卜部がゆっくりと天井を見上げると、そこには巨大な目玉が描かれていた。
巨大な目玉を取り囲むように描かれたたくさんの小さな目玉も見て取れる。
ぱたぱたぱたぱたぱた……
背後で扉が独りでに閉まる音がした。
音の方に振り向くと閉じた扉一面に真っ赤な鳥居が描かれている。
「な、なんだってんだよぉ……」
口と目を大きく開いて泉谷は狼狽した。
卜部は泉谷の脇をすり抜け、閉じた扉にそっと右手を伸ばした。
二本の指が扉に触れるかどうかという瞬間……
じゅっ……
卜部はすぐさまその手を引き、左手で人差し指と中指を握りしめた。
握った手の隙間から赤い雫が滴り、パタパタと音を立てて風呂場の白い床に水玉模様を描いた。
「どうやら意趣返しにあったらしい……」
苦々しく吐き捨てる卜部に泉谷が恐る恐る尋ねる。
「なんだって?」
「邪視にやったのと同じだ。俺が張った結界の何倍も強いがな……」
「つまり……誘い込まれたってことか……?」
ややわざとらしい泣きそうな表情で、泉谷は懇願するように卜部に言った。
「そうだ……結界を張った主を何とかするまで、俺たちはここを出られない……」
二人は何かの気配を感じたのか、ほとんど同時に浴槽にぽっかりと空いた暗闇に目をやった。
深い闇はまるで手招きするかのようにぐるぐると渦巻いているように見えた。
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